USJ、熊本地震に緊急支援 カップ麺1万2000食など
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は20日、令和8年熊本地震の被災地へ緊急支援物資として、カップ麺1万2000食や菓子3000箱を提供すると発表した。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は20日、令和8年熊本地震の被災地へ緊急支援物資として、カップ麺1万2000食や菓子3000箱を提供すると発表した。
九州観光機構は19日、熊本地震の影響を受けた観光業界の復興に向け、経営支援や風評被害対策などを求める緊急要望書を観光庁などに提出したと発表した。公共交通ネットワークの早期復旧や観光地の再興も求めている。
JR九州は8月1~17日の鉄道事業収入が前年同期比21.3%減と発表。熊本地震による九州新幹線の一部区間運休が響き、復旧は10年前の地震より長期化している。古宮社長は経営への懸念を示した。
ソニーグループは19日、熊本地震で被災した熊本県菊陽町の画像センサー工場が、地震前と同水準の生産体制に復帰したと発表した。7月28日の地震後に一時停止し、今月4日から段階的に再開していた。
九州経済調査協会は19日、熊本地震発生直後の8月1~7日、熊本県の観光スポット来訪者数が前年比23.0%減の67万人、鹿児島県も18.6%減の42万人だったと発表した。人流データを基に推計した。
77人が犠牲となった2014年の広島土砂災害から20日で12年。広島市安佐南区の梅林小で慰霊式が開かれ、松井一実市長が追悼の辞を述べた。市内各地で遺族らが黙とうし、犠牲者を悼んだ。
熊本地震の影響で日本製紙八代工場が操業停止したことを受け、王子ホールディングス、大王製紙、中越パルプ工業の3社が週内にも新聞用紙の代替供給を始める方向で調整中。業界全体で安定供給を支援する。
中国電力が使用済み核燃料の中間貯蔵施設建設を計画する山口県上関町の町長選に、新人で団体役員の原康司氏(54)が無所属での立候補を表明した。原氏は中間貯蔵施設の賛否を明らかにしていない。
熊本地震で震度6強を観測した熊本県八代市で、国や県などが19日、被災した井戸の復旧に向けた原因調査を開始した。同市の水道普及率は52.1%と県内14市で最も低く、約4400世帯が井戸被害を受けた。
福岡地検は19日、医師免許がないペルー出身の男性(60歳代)に患者6人の出産時に医療行為をさせたとして、産婦人科クリニックを運営する医療法人理事長の容疑者(79)を医師法違反で在宅起訴した。男性は不起訴。
三重県明和町の国史跡「斎宮跡」で、斎王の宮殿とみられる建物の柱穴4基が新たに発見された。これまで確認された中で最大規模で、22日に現地説明会が開かれる。
宮崎県小林市の眼科医院駐車場で、開院を待つ約20人の列に乗用車が突っ込み、看護師(74)が死亡した。運転していた74歳の容疑者が過失運転致傷容疑で現行犯逮捕された。
19日午前5時45分頃、福岡市中央区天神の那珂川で女性が浮いているのを通行人が発見し110番。消防が駆け付け、うつぶせの状態で死亡を確認。女性は20~30歳代とみられ、額に長さ数センチの傷があった。
青森県十和田市は19日、市教育委員会が発行した「あいさつの重要性」をまとめた冊子で、インターネット上のイラストを無断使用したとして、著作者側に解決金42万9000円を支払うと発表した。
愛知県警は19日、2026年アジア・アジアパラ競技大会に向けた警備全体会議を開催。交通規制やテロ対策の徹底を確認し、佐藤本部長が総合力発揮を訓示した。
8月4日、栃木県宇都宮市のショッピングモール「ベルモール」で「しもつけキッズ防災教室」が開催された。小学生以下の子どもと保護者が対象で、新聞紙やゴミ袋、タオルを使った防災グッズ作りを体験した。
連載「この<まち>の下の記憶」第48回。戦後80年を超え、編集委員の清水美明が軍都・戸山を散策。旧近衛騎兵連隊兵舎が現役の教室として使われる学習院キャンパスや、鉛汚染が残る射撃場跡を訪ね、まちの下に眠る記憶の不均質さを考察する。
三重県伊勢市のテーマパーク「伊勢忍者キングダム」が先月下旬から突然休業している。運営会社は風評被害による売上激減を理由に挙げ、再開時期は未定としている。
熊本地震を受け、岐阜県高山市の高山赤十字病院の救護班8人が熊本県へ出発。八代市の避難所などを巡回し、エコノミークラス症候群や感染症対策に当たる。大垣市や岐阜市も支援活動を展開。
茨城県警が発表した令和8年上半期の犯罪発生状況で、自動車盗の認知件数は168件と前年同期比53.6%減となったが、全国ワースト6位の高水準。県警は窃盗グループの拠点となるヤードの取り締まりに注力する。
三重県桑名市のRDF発電所爆発事故から23年。19日に跡地で安全祈願が行われ、遺族や県職員ら約60人が参加。一見知事は「反省と教訓を風化させない」と誓った。
佐賀市が主催した平和展で、終戦間際の「佐賀空襲」の場面として紹介した写真が実際には空襲と断定できないと判明。夜間の空襲なのに昼のように見える矛盾点があり、市は写真の上に紙を貼って隠す対応をとった。