父の被爆体験を絵本に 福岡女性が平和継承
長崎原爆で被爆した父親の体験を、福岡市の岡崎富美さんが挿絵付きの本にまとめました。子どもも読みやすいやわらかい文と絵で表現し、クラウドファンディングで学校や図書館に寄贈する取り組みを進めています。
長崎原爆で被爆した父親の体験を、福岡市の岡崎富美さんが挿絵付きの本にまとめました。子どもも読みやすいやわらかい文と絵で表現し、クラウドファンディングで学校や図書館に寄贈する取り組みを進めています。
千葉県北東部に存在した幻の湖「椿海」周辺の中世城郭遺構を巡る歴史ツアーが、4月26日と5月10日に開催されます。バスツアーとウォーキングツアーの2種類があり、戦国時代の歴史ロマンを体感できます。
佐賀大学で江戸幕府と佐賀藩の海軍の歴史的役割をテーマにしたシンポジウムが開かれ、研究者らが両者の協力関係や明治海軍への影響について講演しました。世界遺産登録10周年を記念した地域学の取り組みです。
福島県伊達地方一帯はかつて「蚕都」として知られ、お蚕様の一大産地として不動の地位を築いた。この歴史的な呼び名は地元の誇りとして現在も引き継がれ、地域のアイデンティティを象徴している。
原爆症認定を求めて国を提訴し、最高裁で勝訴した被爆者の松谷英子さん(84)の半生を描いたデジタル紙芝居の動画がYouTubeで公開されました。12年間の裁判や被爆体験を伝え、平和のメッセージを発信しています。
日野市の松下かほるさん(91)は、東京大空襲で母と兄を失った経験をエッセーに記し、戦争の悲惨さを後世に伝えている。母との温かい思い出や戦後の苦悩を綴り、平和の尊さを訴える。
フォトジャーナリスト豊田直巳が語る中央大学時代。神田駿河台の古い校舎で過ごしたわずか1年と、郊外移転をめぐる学生運動、そしてオイルショック下の就職難を振り返る。
明智光秀と羽柴秀吉が戦った山崎の合戦の当日、秀吉が「明日出撃する」と記した書状が確認された。専門家は秀吉が遅れて参戦した可能性を指摘し、天下人への転換点となった合戦の実像に新たな光を当てる。
東京大空襲から81年、浅草で被災した桜井栄治さんが膵臓がんと闘いながら手記を執筆。奇跡的に生き延びた体験と平和への願いを娘が語り継ぎ、若い世代への警鐘を鳴らす。
羽柴秀吉が明智光秀を討った山崎合戦で、秀吉が合戦に間に合わず「遅参」していた可能性が新たな史料から浮かび上がった。中京大学の馬部隆弘教授が合戦当日の書状を分析し、従来の定説に一石を投じる新解釈を発表している。
太平洋戦争中の東京空襲で亡くなった犠牲者の名前と年齢を読み上げる追悼集会が、墨田区と江東区で開催されます。2021年から始まり、今回は初めて2日間にわたり、4000人以上の名前が読み上げられる予定です。
日本赤十字社創設者の佐野常民と早稲田大学創立者の大隈重信、佐賀県が生んだ2人の偉人を顕彰する企画展が佐賀市で開催中。若き日に同じ地で暮らした2人が生涯で100通以上の書簡を交わし、明治政府での協働や深い信頼関係を築いた様子を貴重な資料で紹介しています。
福島県南相馬市の歴史研究家・相良征一さんが、旧相馬中村藩で実践された江戸時代末期の復興手法「報徳仕法」をまとめた冊子「報徳仕法雑感」を発刊。地域の歴史的知見を現代に伝える貴重な資料となる。
鎌倉幕府の成立年号を巡る「イイクニ」から「イイハコ」への変化は、歴史学が日々更新される学問であることを示す。丸善名古屋本店の担当者が、歴史学の理解を深めるおすすめ書籍を紹介し、教科書の内容が研究の進展で書き換えられるダイナミズムを解説する。
1945年3月10日の東京大空襲から81年を迎え、都内各所で犠牲者を悼む式典が開催された。経験者が初めて語る惨劇の記憶と、二度と戦争を繰り返さないという決意が交わされた。
江戸時代の裁判制度において、吟味方の作成する「一件口書」が事実と大きく異なる可能性が指摘される。お粂の永牢判決を巡り、志村が調査を開始するが、手続きの複雑さと記録の不確かさが浮き彫りに。当時の司法手続きの実態を探る。
東京大空襲から81年を迎え、墨田区両国で被災した前野洋一さん(87)が当時の記憶を次世代に伝える決意を語った。体験者の減少に使命感を感じ、タイポグラフィー作品で悲惨さを表現し、戦争のない世界を訴える。
鹿児島県立図書館が、第8代薩摩藩主・島津重豪と長崎唐通事の林梅卿との交流を記した日記を特定。鎖国下の海外事情への関心や、参勤交代への同行誘いなど、当時の国際交流の実態が明らかになった。
東京大空襲から81年を迎えた10日、東京都墨田区の都慰霊堂で大法要が営まれ、秋篠宮ご夫妻や小池百合子都知事、遺族らが犠牲者を追悼。冷たい雨の中、多くの人々が献花し、平和への願いを新たにしました。
米軍による東京大空襲から81年を迎え、東京都墨田区の都慰霊堂では春季慰霊大法要が営まれた。秋篠宮ご夫妻や遺族らが参列し、一夜で約10万人の命が奪われた悲劇を偲び、平和への祈りを捧げた。
1945年3月10日の東京大空襲で、たすきを使った「電車ごっこ」で炎から逃れた山田孝さん(89)が、昨年から語り部として活動を開始。戦争の悲惨さと平和の尊さを次世代に伝えている。
岐阜県大垣市で3月28日、太平洋戦争中の空襲の痕跡を親子で巡るツアーが開催されます。原爆模擬弾「パンプキン」の石碑や空襲から生き返ったクスノキなど約10か所を案内。参加者を募集しています。
静岡県出身のフォトジャーナリスト豊田直巳氏が、半世紀にわたる東京生活の中で東村山市を「第二のふるさと」と感じるようになった経緯を語る。紛争地取材から帰るたびに安らぎを覚える武蔵野の面影や、福島原発事故被災地への思いも綴られている。
1945年3月10日未明、米軍による東京大空襲で約10万人が犠牲となりました。約300機のB29爆撃機が33万発の焼夷弾を投下し、下町地域が壊滅。この無差別爆撃は戦争の残酷さを今に伝える歴史的事実です。
鎌田浩毅氏の著書『日本史を地学から読みなおす』は、先史時代から現代まで、地震や津波、火山噴火が日本史に与えた影響を詳細に分析。秀吉の家康討伐から令和の能登半島地震まで、災害と復興の連鎖が国民性を形作ってきたことを明らかにする。
1945年の東京大空襲から81年を迎え、民間博物館「東京大空襲・戦災資料センター」では新たに5人の継承者が誕生。オンライン講話や紙芝居、英語での伝承など多様な手法で惨劇の記憶を語り継ぐ取り組みが広がっている。
東京大空襲から81年を前に、落語家の2代目林家三平さんが戦時中の「国策落語」を披露。祖父が創作した「出征祝」を演じ、戦争に利用された芸能の歴史と、亡き両親の経験を語り継ぐ決意を表明しました。
岐阜県各務原市で開催された野外セミナー「伊木山から鵜沼城を望む!」では、約100人が参加し、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で登場した鵜沼城の歴史を学びました。学芸員の解説で、織田信長の美濃攻略の戦略や伊木山城跡の重要性が語られ、参加者は当時の戦いに思いをはせました。
川崎市平和館で始まった川崎大空襲の記録展で、東住吉小学校の児童たちが平和について学んだことを発表。子どもたちは「周りの人と仲良くすること」が平和につながると考え、絵画や語りを通じてメッセージを伝えました。
長野県を中心に、戦後80年以上を経てなお各地で発見される「遺品拳銃」。その多くは先の大戦に由来し、暴力団関連を大きく上回る。祖父の遺品整理で見つかった拳銃から明らかになった元軍人の過去、満蒙開拓団との関連性など、戦争の記憶を今に伝える負の遺産の実態に迫る。