愛知・名古屋アジア大会(読売新聞社協賚)のソフトボール決勝で、日本が中国を7―0で破り、7大会連続の金メダルを獲得した。2002年の釜山大会から7大会連続で出場した上野由岐子投手(44)(ビックカメラ高崎)は、「正直7回も出ると思っていなかった。神様からのご褒美だと思ってしっかり受け取りたい」と笑顔で語った。
決勝は救援登板なしも存在感
上野投手は今大会、8試合中2試合に救援として登板。全勝対決となった2日の1次リーグ・中国戦では、同点の六回二死二塁からマウンドに上がり、投ゴロでピンチを切り抜けてサヨナラ勝ちにつなげた。決勝では出番がなかったが、ベンチから仲間を見守り、中盤からはブルペンで投球練習を行い、相手ににらみを利かせた。
大会前には「今回が最後のアジア大会になると思う」と明かしていた上野投手は、「けがもあったり、感情的に色んな気持ちになったりもしたけど、続けることに意味があったんだなって思う」と大会を締めくくった。
トレーナーとの絆で乗り越えた引退危機
約14年前からビックカメラ高崎のチームトレーナーを務める志村昌彦さん(43)は、「7個も金メダルがあるのは本当にすごい。連覇と自国開催という重圧を乗り越え、本当に強いチームだった」とたたえた。
上野投手には「引退するリアリティー(現実味)が鮮明になった」と話す時期があった。2024年3月頃、練習中に右肩の痛みを感じ、投げることさえ難しくなった。病院で検査しても異常はなく、「こうやって引退していくんだな」と感じていたという。
そんな時期、志村さんが「検査して何もないならまだ投げられるんじゃないか」と寄り添い、投球練習を観察して肩や背中の張りをマッサージで入念に解きほぐした。痛みは徐々に和らぎ、同年5月のリーグ戦で登板できるまでに回復した。
志村さんは前橋市で整骨院を営みながら、現在も週末のリーグ戦にチームへ同行し、上野投手らを支えている。今回の金メダルについて「自分のコンディションを理解し続けた上野さんの努力の賜物」とし、「上野さんとチームメートになれてありがたいし、今後の活躍も楽しみ」と語った。