円安止まらず163円台、骨太方針や構造的要因が背景
円安止まらず163円台、骨太方針や構造的要因

円相場は7月21日の外国為替市場で、1986年以来約39年半ぶりとなる1ドル=163円台まで下落しました。直接のきっかけは、中東情勢の緊迫化を背景とした「有事のドル買い」です。一方、高市政権が同日に閣議決定した「骨太方針」も、市場では政府の円安容認姿勢や日銀の追加利上げに対する慎重姿勢を意識させ、円売りを後押ししたとの見方があります。

骨太方針を市場はどう受け止めたのか

歴史的な円安が続いています。これまで円安の主因とされてきたのは、日米両国の金利差です。しかし、足元の市場では、それだけでは説明し切れない動きが目立っています。今回、高市政権が打ち出した「骨太方針」を巡る市場の反応は、そのことを象徴する出来事だったといえるでしょう。

「骨太方針」の基本的な方向性そのものが、市場から否定的に受け止められたわけではありません。AIや半導体、防衛産業など成長分野への重点投資や、積極的な財政政策によって日本経済の潜在成長率を引き上げようという考えは、長年低成長に苦しんできた日本経済にとって不可欠な前向きな政策と評価する声も少なくありません。実際、市場関係者の間でも、「成長投資を重視する姿勢そのものは歓迎できる」という声も多く聞かれました。

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しかし、市場がより敏感に反応したのは別の点でした。「骨太方針」の原案には、日本銀行(以下、「日銀」)の政策運営に影響を及ぼしかねないと受け止められる記述がありました。政府はその意図を否定しましたが、市場では「政権は日銀の追加利上げに慎重なのではないか」との見方が広がりました。その結果、日本国債は売られて(長期金利は上昇し)、円も売られ、円安が進行しました。

通常、金利上昇は通貨高要因と考えられます。しかし今回は、「財政規律への懸念」と「金融政策正常化の後退」という二つの見方が同時に意識されたため、長期金利の上昇と円安が同時に進むという、やや異例の相場展開となりました。

市場の反応を受け、政府は、「骨太方針」の文言を見直し、原案を修正した上で、7月21日に閣議決定しました。この一連の経緯は、市場が政策の内容だけでなく、「政府が何を考えているのか」というメッセージにも極めて敏感であることを改めて示しています。

「政策への期待」が円安を左右する

為替市場は、実際の政策以上に「政策への期待」で動くことがあります。昨年以降、米国では政府関係者や市場参加者から、相次いで日銀に対し金融政策正常化への期待を示す発言がありました。その背景には、日米金利差の縮小こそが、歴史的な円安を修正する最も自然な方法だという考え方です。

こうした環境の中で、たとえ最終案ではなく原案であっても、日銀の政策運営に対して慎重姿勢を示すような表現が盛り込まれれば、市場は「これが政権の本音ではないか」と受け止めます。一度形成された市場の思惑は、政府が説明しただけでは簡単には修正されません。その結果、円安が進みやすい地合いが形成され、長期金利にも上昇圧力が残ることになります。

もっとも、現在の円安は、日銀が追加利上げを実施すれば解決するというほど単純な問題ではありません。日本では、新NISAを通じた個人投資家による海外投資の拡大に加え、年金基金や機関投資家による海外資産への分散投資、さらには、企業による直接投資など、日本から海外へ向かう資金の流れが構造的に続いています。つまり、円安は金利差だけではなく、日本の資金循環そのものが生み出している側面も強まっているのです。

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為替介入だけでは円安を止められない

そうした中、市場では再び為替介入への期待も高まっています。しかし、介入を取り巻く環境は以前より難しくなっています。ドル売り・円買い介入は短期的な効果こそ期待できますが、市場の流れそのものを変えるには金融政策との整合性が不可欠です。

さらに、足元では日本だけでなく米国でも長期金利に上昇圧力がかかっています。そのような環境下で大規模なドル売り・円買い介入を行うとすれば、金融市場への影響にも十分配慮する必要があります。そう考えれば、介入だけで円安トレンドを反転させることが容易ではないことは明らかです。

もう一つ忘れてはならないのが、米国との関係です。これまで米国からは、日銀の金融政策正常化を期待するメッセージが発せられてきました。その一方で、為替については市場で決定されるべきとの立場を基本としています。仮に、日銀の正常化が市場の期待より遅れ、その結果として円安が長期化し、為替介入へ依存するような展開となれば、米国が政策全体の整合性に関心を示す可能性は十分考えられます。

市場が求めるのは「一貫した政策メッセージ」

もちろん、現時点で米国が日本の為替介入に否定的な姿勢を示しているわけではありません。しかし、市場は常に「政策の一貫性」を見ています。歴史的円安が続く今、市場が求めているのは、「積極財政か財政規律か」という単純な二項対立ではありません。

成長戦略、責任ある財政運営、そして日銀の金融政策。この三つのメッセージが矛盾なく市場に伝わることが何より重要です。今回の「骨太方針」を巡る市場の動きは、政策そのものよりも「政策メッセージ」が相場を動かす時代に入ったことを改めて示した出来事だったのではないでしょうか。

円安を止める決め手は、一つの政策ではありません。市場が納得する、一貫性のある政策運営こそが、今の日本に最も求められているのではないでしょうか。