トヨタ自動車の元社長・会長で、経団連の初代会長を務めた奥田碩(おくだ・ひろし)氏が亡くなったことが12日、関係者への取材で分かった。93歳だった。
経理畑から頭角を現す
奥田氏は津市出身で、1955年に一橋大商学部を卒業し、トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)に入社した。経理畑を歩み、赴任先のフィリピンで提携先企業の立て直しに成功して頭角を現した。
95年8月、病気で倒れた創業家の豊田達郎氏に代わり、社長に就任。82年のトヨタ自動車販売とトヨタ自動車工業の合併後、創業家以外の社長就任は初だった。
プリウス発売とグローバル拡大
社長在任中の97年に世界初の量産型ハイブリッド車(HV)「プリウス」を発売したほか、海外に工場を新設するなどグローバルに拡大路線を進め、世界トップの自動車メーカーへの礎を築いた。
99年にトヨタの会長就任後、日本経営者団体連盟の会長を務め、経済団体連合会(旧経団連)との統合を推進。2002年に現在の経団連が誕生すると、初代会長となり、消費税率のアップを提案し、引き上げ論議に火をつけた。
政財界での要職
政財界に豊富な人脈を持ち、01年の省庁再編に伴って設置された経済財政諮問会議の民間議員を務めた。内閣特別顧問や日本郵政公社(現日本郵政グループ)設立委員の座長、国際協力銀行総裁など要職を歴任した。



