ビットコインは「デジタルゴールド」と呼ばれることが増えたが、そのブランドはそれだけでは説明しきれない。価値を保存する「デジタルゴールド」、インターネット上で生まれた「オンライン上のネイティブカレンシー」、そして国境を越えて価値を移転する「グローバルペイメントサービス」という、少なくとも3つの側面があると、投資家で経営戦略アドバイザーの中島宏明氏は指摘する。
ビットコインは「デジタルゴールド」になったのか
ビットコインを説明するとき、現在最も広く使われている言葉の一つが「デジタルゴールド」だ。ゴールドは、だれかが自由に発行量を増やせるものではなく、採掘できる量に限りがあり、腐食しにくく、長い歴史の中で価値の保存手段として認識されてきた。ビットコインも発行上限が約2100万BTCに定められ、新規発行量が定期的に半減する設計で、中央銀行や企業の判断によって供給量を自由に増やすことはできない。
ただし、ビットコインがゴールドと同じ地位をすでに確立したと言い切るのは早い。ゴールドには数千年にわたる価値保存の歴史がある一方、ビットコインの歴史はまだ17年ほどだ。価格変動も大きく、経済危機や地政学的リスクが起きるたびに必ず「有事のビットコイン買い」が起きるわけでもない。株式などのリスク資産と一緒に売られる局面もあれば、法定通貨への不信や財政不安を背景に買われる局面もある。
現時点では「インフレヘッジとして完全に機能する資産」というより、将来のインフレや通貨価値の低下に備える選択肢として認識され始めた資産と捉える方が適切だ。それでも2024年には米国で現物ビットコインを保有するETPの上場・取引が承認され、従来の証券口座を通じてビットコインにアクセスできる道が広がった。SECは承認がビットコイン自体への推奨を意味するものではないと明記しているが、既存金融の枠組みの中で取り扱われるようになったことは大きな変化だ。
インターネットには、インターネット生まれの通貨が必要だった
ビットコインの第二の側面は「オンライン上のネイティブカレンシー」だ。私たちはインターネット上で買い物をし、仕事をし、動画や音楽を楽しみ、世界中の人とコミュニケーションを取っているが、そこで使っているお金の仕組みは基本的にインターネット以前につくられたものだ。クレジットカードはカード会社や加盟店管理会社を介し、銀行送金は銀行の営業時間や国ごとの金融システムに依存する。画面上では数秒で決済が完了したように見えても、裏側では複数の事業者による照合や精算が行われている。
これに対し、ビットコインは初めからインターネット上で価値を移転するために設計された。サトシ・ナカモトが発表した論文のタイトルは「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」で、金融機関のような信頼される第三者を介さず、当事者同士がオンラインで直接支払いを行える仕組みをつくることを目的としていた。ビットコインには紙幣も硬貨もなく、物理的な本店も中央サーバーもない。インターネット上で生まれ、保有され、送受信され、取引履歴がネットワーク上で検証される。単に既存通貨をデジタル表示したものではなく、インターネットの存在を前提として生まれた通貨だ。
電子メールが手紙を画像に変換しただけのものではなかったように、ビットコインも紙幣を画面上に移しただけのものではない。電子メールによって世界中の人がほぼ瞬時に情報を送れるようになったが、ビットコインが目指したのはその価値移転版だったと考えることもできる。世界中で共通のプロトコルを使い、特定の国や企業のサービスに閉じることなく価値を送る。「インターネットそのものに組み込まれた通貨」というイメージも、ビットコインブランドを支える重要な要素だ。
「通貨」であると同時に、グローバルな決済ネットワークでもある
ビットコインの第三の側面が「グローバルペイメントサービス」だ。私たちはビットコインを価格が上下する「資産」として見がちだが、ビットコインは価値を記録して移転するためのネットワークでもある。銀行口座を持つ人同士でなくても、対応するウォレットがあればビットコインを送受信でき、送金先が同じ国にいるのか別の大陸にいるのかによって、プロトコルそのものが変わるわけではない。
もちろん、ビットコインの基盤層だけですべての日常決済を処理することには、処理速度や手数料などの課題がある。そのため、少額・高頻度の決済を補う仕組みとしてライトニングネットワークなども開発されてきた。例えばCash Appでは、ビットコインの通常ネットワークとライトニングネットワークを使った送受信に対応している。PayPalも、対象地域では暗号資産の売買・保有・外部送金に加え、暗号資産残高を利用した加盟店での支払い機能を提供している。サービス事業者が間に入る形ではあるものの、生活者がビットコインを「保有する」だけでなく「送る・使う」ための接点は広がっている。
この点でビットコインは、VISAやPayPalなどとまったく同じサービスではない。VISAやPayPalは企業が運営する決済サービスだが、ビットコインは企業の外側に存在するオープンなネットワークであり、その上に企業や個人がウォレット、取引、送金、決済などのサービスを構築する。つまり、特定の決済サービスと競争するだけではなく、複数の決済サービスが接続できる共通基盤にもなり得る。
FTX事件が浮き彫りにした「ビットコインか、それ以外か」
2022年に起きたFTXの破綻は当時、暗号資産業界に対する大きな不信を生んだ。FTXの創業者は、顧客資金の不正流用など複数の罪で有罪となり、2024年に禁錮25年を言い渡されている。これはビットコインの仕組みが破綻した事件ではなく、中央集権的な取引所と、その経営者による大規模な事件だった。しかし、一般の人から見れば、取引所もトークンもビットコインも、すべて「暗号資産業界」で起きた出来事だ。だからこそ、この事件は逆説的に、ビットコインとそれ以外の違いを浮き彫りにした。
多くの暗号資産には、発行主体や運営企業、財団、中心的な創業者が存在し、経営判断や資金管理、規制対応の失敗がプロジェクト全体の価値を大きく損なうこともある。一方でビットコインには、顧客資金を流用するCEOも、倒産する運営会社もない。もちろん、ビットコインを扱う取引所や事業者が問題を起こす可能性はあるが、それはビットコインのネットワーク自体とは分けて考える必要がある。FTX事件以降、「暗号資産を一括りに評価するのではなく、ビットコインとその他を分けて考えるべきだ」という見方が強まったのは、ビットコインのブランドにとって重要な変化だったと中島氏は考えている。
ブランドが確立すると、比較される相手が変わる。ビットコインは当初、数ある暗号資産の一つとして見られていたが、現在は他の暗号資産だけが比較対象ではない。価値保存の手段として見ればゴールドや国債、法定通貨と比較され、オンライン上の通貨として見ればドルやユーロなどの法定通貨、ステーブルコインと比較され、決済・送金ネットワークとして見れば銀行送金、カードネットワーク、PayPalなどの国際決済サービスと比較される。これは、ビットコインが「暗号資産市場の中でどれが勝つか」という競争から、お金や価値移転の仕組み全体の中でどのような役割を担うかという競争へ移りつつあることを意味する。
「暗号資産なんて、いっそビットコインだけになればいい」という意見は乱暴で挑発的かもしれない。イーサリアムにはスマートコントラクトの基盤としての役割があり、ステーブルコインには価格を安定させながらオンチェーンで決済する役割がある。セキュリティトークンやRWAなど、ビットコインとは異なる目的を持つ仕組みも発展している。技術や産業全体を考えれば、ビットコインだけですべてを置き換えられるわけではない。一方、一般生活者の視点では「何千種類もの暗号資産から自分で安全なものを選んでください」という世界はあまりに複雑だ。発行者は信頼できるのか、供給量は自由に変更されないのか、運営企業の資金管理に問題はないのか、規制上のリスクはないのか。こうしたことを一つずつ調べるのは簡単ではない。その中で「まずビットコイン」という選択肢が生まれること自体が、ブランドの強さなのでしょう。
ビットコインが将来、デジタルゴールドになるのか、オンライン上の通貨になるのか、グローバルな決済基盤になるのか、あるいはそのすべてを部分的に担うのかは、まだ決まっていない。しかし、だれもブランドを管理せず、だれも広告戦略を統括していないにもかかわらず、17年間にわたって世界中で使われ、試され、残り続けてきた。ビットコインが築いた最大の資産は、価格ではないのかもしれない。「ビットコイン」という名前を聞いたときに人々が思い浮かべる、希少性、分散性、自由な価値移転、そして何度否定されても消えなかったという履歴。その蓄積こそが、ビットコインが17年かけて築いたブランドなのだ。