硤合氏ノーベル賞、生命の起源に迫る偉業 科学力再興への課題
硤合氏ノーベル賞、生命の起源に迫る偉業 科学力再興への課題

東京理科大学の硤合憲三名誉教授が、今年のノーベル化学賞を受賞した。生命が行う化学反応に関する大きな謎を解明した業績が評価された。栄誉を心から祝福したい。

生命の謎に挑んだ「硤合反応」

有機化合物には、構成する原子の種類や数が同じでも、右手と左手のように鏡映しの関係にある2つの立体構造を持つものがある。生命は不思議なことに、体内でこの2つの構造を区別する化学反応を行っている。例えば、生命に不可欠なアミノ酸やDNAを構成する糖分子は、ほぼ片方だけしか作られない。

こうした反応がなぜ起きるのかは、1世紀以上にわたって大きな謎だった。硤合氏はこの解明に挑み、ほぼ片方だけを人工的に作る化学反応を初めて見いだし、実験に成功した。これは「硤合反応」と呼ばれ、ノーベル財団は「これまで行われた化学実験の中で最も驚異的なものの一つだ」と称賛した。化学史に残る偉業であり、生命の成り立ちや起源にも迫る歴史的な発見といえよう。

医薬品開発への貢献と日本の科学力

さらに重要なことは、右手と左手の関係にある有機化合物を医薬品として利用する場合、片方だけが効果を発揮したり、副作用が生じたりするケースがあることだ。生物の体内における働きが違うことを示しており、硤合氏が見つけた化学反応は医薬品や農薬などの開発・製造において極めて重要な貢献を果たした。

有機合成化学は日本のお家芸として知られ、これまでもノーベル賞受賞者を輩出してきた。硤合氏の栄誉は日本の水準の高さを改めて世界に示した。

科学力再興への課題

ただ、懸念されるのは昨今の科学力の衰退だ。注目度が高い論文の数はかつて日本は世界4位だったが、近年は躍進する中国とは対照的に先進国で最低クラスの13位に低迷している。このままではノーベル賞の受賞者数も先細りになるだろう。

政府は注目論文の数を10年以内に世界3位に引き上げる目標を掲げ、研究費を増やし人材育成を強化する。科学は国力の基盤である。復権に全力を注いでもらいたい。科学の根幹である基礎研究の充実が肝要だ。人工知能(AI)だけに頼れば科学者は育たない。若手研究者の創造性と探究心を育む環境を整備し、真の再興を目指すべきである。