愛知・名古屋アジア競技大会スケートボード女子ストリート予選が26日に始まる。注目選手の一人が松本雪聖(いぶき)(14)だ。世界ランキング1位(9月25日時点)であり、今年7月の熊本地震で震度7を記録した氷川町で暮らす彼女。アジア大会に出場するには、両親の支えがあった。
「いつも通りです」
子供を送り出す。親にとって、当たり前のこと。それでも、この人たちにとっては大きな苦労があったに違いない。
「普段通りの練習ができて、ご飯を食べられて、お風呂に入れています。いつも通りです」
スケートボード女子ストリートに出場する松本雪聖は、記者の質問にそう答えた。オンライン取材で傍らにいた両親は、その言葉に静かに耳を傾けていた。松本は、熊本地震で震度7を記録した熊本県氷川町に暮らしている。
世界を席巻する女子ストリート界の新鋭
松本雪聖――。中学生にして、世界ランキングは1位。2025年11月に北九州市で行われたワールドツアー・ストリートで優勝し、今年3月にブラジル・サンパウロで行われた世界選手権でも表彰台の頂点に立った。東京五輪では西矢椛(もみじ)、パリ五輪では吉沢恋(ここ)(ACT SB STORE)が金メダルに輝くなど、日本女子が世界を席巻しつづける女子ストリート界で、注目を集める新鋭だ。
そんな、松本家はとにかく明るい。国内のほとんどの大会は氷川町から車で移動することで知られ、家族全員で大会を見守るのが「松本家スタイル」だ。
松本が出場する大会では、お決まりの光景がある。父の貴光さん(47)がコース脇で松本をどなるように指導し、松本はそれを聞いているのか、聞いていないのか分からない不愛想な表情で滑る。それを少し離れたところで、母の沙織さん(44)がスマホで撮影しながら見つめるというものだ。だが、そんな松本家を地震が襲った。
地震直後、父が向かった先は
7月28日午後4時半頃。「横に振り回されるような感じで」自宅は揺れていた。当時、自宅には貴光さんと沙織さんの2人きり。松本は海外遠征からの帰途にあった。米ニューオーリンズから羽田空港へのトランジット中の長女に、沙織さんは「東京で待っていなさい」と告げた。沙織さんは、ワークキャンプに出ていた長男の昊旺(そお)君(12)を迎えに行く。「道路が大変なことになっていて……。『前回よりやばい』と直感しました」
帰国後しばらく知人宅に身を寄せていた松本はその後、被害が少なかった熊本市内の沙織さんの実家で過ごした。農業を営む貴光さんは、畑を守るために家を離れるわけにはいかず、停電が続く氷川町の自宅にとどまった。貴光さんは、電気がくるまでの間、暑さをしのぐために連日、車中泊で過ごし、「いつ終わるか分からない車中泊に心が折れそうになった」と振り返る。松本が地元・氷川町に戻った時には「中学校の周りの家が倒壊してしまい、屋根だけになっていた」。
そんな状況でも、震災から2、3日後に貴光さんがすぐ安全を確認しに行った場所がある。それは松本の練習拠点だ。「ライフラインは一部使えませんでしたが、幸いなことに家は無事でした。だから、これでイブ(=雪聖)を欠場させるという考えはなかったです」という。「身内に不幸があったりすれば欠場も考えなければならないかもしれませんが、みんな元気でしたから。練習場所の確保をどうするかということを考えました」
松本が普段から練習拠点として使っている、宇城市の「UKIUKI PARK」も、菊陽町の「KUMAMON URBAN SPORTS PARK」も幸いなことに、大きな影響を受けておらず、「地震からすぐに営業を再開していた」(貴光さん)。両親の懸命なサポートによって、松本は練習することができたのだ。
今度の車中泊は……
8月。東京港区の「グランドプリンスホテル新高輪」で、アジア大会の日本代表の結団式が行われた。松本にとって、初めて「日の丸」を背負った瞬間だ。
付き添った沙織さんに感想を聞くと、「人が多すぎて、みんなすごいなって。うちの子だけ特別というのはなかったです」と照れくさそう。一方で、貴光さんは「胸に迫るものがあった。国旗を背負うってことは、並大抵のことじゃない。日本代表なんだから、みんなが応援しているんだからと、常々、娘には伝えています」と熱っぽく語った。そして、相変わらず、横で聞いている松本は不愛想だ。
今回、日本代表の松本は選手村に入村する。国内のありとあらゆる大会に車で出没する松本家は今回もまた車で移動の予定。氷川町から試合会場の愛知県常滑市までは約900キロだが、「愛知は近いですからね」と沙織さん。ちなみに節約のために、貴光さんたちは宿を取らずに「車中泊の予定」とのこと。貴光さんは「(松本の)遠征でもしょっちゅう車中泊はしますが、震災の車中泊とはやっぱり気持ちが違います」と笑う。
そして、松本は今回の大会に向けての気持ちにも、ちょっぴり変化が……。「スケボーを滑っているのが楽しいし、自分のために勝ちたいと思ってきた。でも、今回は熊本のために戦いたい。自分が勝って、地元の人を勇気づけたい」という。
いつものように、子供を送り出す。それがどんなに難しい日でも、親はいつだって子どもの願いをかなえてあげたい。「誰かのために」と滑る、少しだけ大きくなった長女の背中に手を添えて、日の丸を背負った松本家の挑戦がまもなく始まる。さぁ、いってらっしゃい。