東大物理学科卒50代男性が語る浪人体験「挫折の原点」と解雇後の未来
東大物理学科卒50代男性が語る浪人体験と解雇後の未来

河合塾で浪人生活を始めた玉井さんは、高校時代の模試成績が優秀だったため特待生として授業料が免除された。「特待生で入れたのは、傷ついたプライドを少し緩和させてくれました。負けず嫌いだったので、そういう小さな自信の積み上げは必要でした」と振り返る。

浪人初期の手応えと成績の変動

浪人開始当初から成績上位をキープし、河合塾の東大模試・理科2類部門で全国20位以内に入るなど、確かな手応えを感じていた。しかし、夏から秋にかけて模試の順位が相対的に低下。「模試の成績が下がってきたことに対しては焦りが生まれ始めました。でも、なんとなく、1年前に比べると成長しているという感覚は確実にあったので、結構時間を勉強に費やしていました。当時は今のようにいかに効率よく勉強するかという考え方が主流ではなかったので、ただひたすら夜中まで量をこなしました」と当時を語る。

東大合格とその後の人生観

センター試験は800点満点中690点台で目標の700点には届かなかったが、東大は2次試験の配点が大きいため気にせず、私立大学では早稲田、慶應、学習院、立命館、龍谷などの理工学部系に全て合格。弾みをつけて臨んだ東京大学理科2類にも合格した。

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浪人を頑張れた理由について、「負けず嫌いだった」「学ぶこと自体への興味があった」と述べる。50代になった今、浪人してよかったことは「挫折の原点であった」と答える。「(合格した)当時に感じたことは、東大に受かったことで今まで一緒にいた友人全員を抜いたのではという自己満足からくる爽快感でした。京大に受かった友達よりも上にいると勝手に思ってしまい、東大に合格したということを他人に言いたくて仕方ありませんでした。承認欲求が満たされて、学生なりに成功したという満足感が大きかったです。ただ、それは当時の自分には目標達成ができたからよかったというだけで、50代になった今、浪人の1年間が持つ意味は大きいと感じています。浪人するまでは、中学受験も高校受験も、自分にとっては大きな選択だとは思っていませんでした。一方で、浪人というのは、仲間が大学に進んでいく中で自分は別の道を選ぶ、人生初の挫折であり大きな自己決定だったんです。その意味に気づいたのは5年後、10年後、20年後に様々な挫折を重ねてからでした。全ての挫折の原点が、浪人にはありました」

現在の状況と未来への展望

玉井さんは今月、26年勤めた外資系企業を解雇された。東大物理学科を卒業し、長年キャリアを積んできたが、50代での解雇という新たな挫折に直面している。しかし、浪人時代の経験が「挫折の原点」として、今後の人生においても何らかの意味を持つのか、注目される。

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