「悠月の席」にやっと報告できる 30キロ規制訴え続けた父の20年
「悠月の席」にやっと報告できる 30キロ規制訴え続けた父の20年

埼玉県川口市の生活道路で2006年9月、保育園の散歩中に乗用車にはねられ亡くなった福地悠月ちゃん(当時5歳)の父・禎明さん(57)が、生活道路の法定速度を時速30キロに引き下げる規制の実現を訴え続けて20年。9月から全国で規制が始まり、自宅の食卓に今も残る娘の席に「やっと報告できる」と語る。

4人掛けの食卓に今も残るベビーチェア

禎明さんの自宅の4人掛けの食卓には、色あせた木製のベビーチェアがある。付属のテーブルの上にはディズニープリンセスの絵柄のお皿。夕食時になると、妻(56)が皿に食事をよそう。あの日を境に4人家族は3人になり、昨春に長男(27)が家を出ると夫婦ふたりになったが、ちいさな娘と囲む食卓は20年間ずっと変わらない。

事故のあった朝、悠月ちゃんはこの椅子に座って、食パンを1枚平らげた。「きょうは保育園サボって、じいちゃんと遊びに行こうか」と冗談を飛ばす祖父に「イヤだ! 保育園に行く」と答え、元気に登園した。約3時間後に病院へ運ばれ、帰ってこなかった。

時速60キロの規制に「耳を疑った」

悠月ちゃんは2006年9月25日、川口市の生活道路で、園児たちと列になって散歩をしている時に、突っ込んできた乗用車にはねられた。意識不明の状態で搬送され、1週間後に亡くなった。ほかに女児3人が死亡し、17人が重軽傷を負った。

勤務先で一報を受けた禎明さんが病院へ駆けつけると、悠月ちゃんは人工呼吸器をつけられていた。「家族全員、いろいろ叫びまくっていたことだけ覚えています」と振り返る。

逮捕された運転手は、業務上過失致死傷罪で起訴された。時速約50~55キロでわき見運転をして、園児らの列に突っ込んだ。近くに保育園や学校があるのに、速度規制の標識はなく、制限速度は時速60キロだと知った時は耳を疑った。

21万人分の署名も実らず、声を上げ続けた

なぜ、子どもが行き交う道を時速60キロで走ることが許されているのか。なぜ、わき見をしても危険運転致死傷罪にならないのか。いくつもの「なぜ」が頭から離れず、禎明さんは法律や判例を調べ始めた。

危険運転致死傷罪への訴因変更を求めて、ほかの遺族とともに署名集めを始めた。「悠月だけのためじゃない。これからを生きる子どもたち、その次の子どもたちが同じ犠牲に遭わないために」と語る。

約21万人分の署名を集めて提出したが、訴因は変更されず、運転手は懲役5年の実刑判決が確定した。これでは悠月ちゃんに報告できない。禎明さんは声を上げ続けた。心ない言葉も返ってきた。署名用紙を置いたガソリンスタンドでは、立ち寄った客から「こんなことをされたら運転手は食い上げだ」と。交通死亡事故の保険金の額を調べたという人から「こんなにもらえるなら、いいだろう」と言われたこともあった。

刑を重くするだけでは、命は救えない。禎明さんは生活道路の速度規制の見直しを求め続け、2026年9月から全国の生活道路で法定速度が時速30キロに引き下げられた。自宅の食卓に今も変わらずある悠月ちゃんの席に、禎明さんは「やっと報告できる」と語る。