「自己中の愛は捨てろ」信徒の献身に見守られ…イシズの最期【第1章】〈16〉
「自己中の愛は捨てろ」信徒の献身に見守られ…イシズの最期

メダデ教会(大阪市西成区)で自らの居場所を見つけた信徒イシズ(80)だったが、その体を徐々に病が蝕んでいた。

糖尿病と白内障。腰も悪く、手術を重ねたが、うまくいかず手術前より腰が曲がってしまった。長引く入院生活に嫌気がさし、「部屋に置いてきたレコードが聴きたい」と脱走騒ぎを起こして転倒。病状はさらに悪化し、歩けなくなった。神経も傷つけ、排尿がうまくできなくなり、尿道にカテーテルを入れる羽目になった。

信徒たちの献身と牧師の厳しい言葉

次々と身に降りかかる災い。イシズは退院してアパートに戻った後も、世話役の信徒に当たり散らすようになった。「気持ちが悪い」とカテーテルを抜く。オムツを外してシーツを大便まみれにする。「水が飲みたい」とせがみ、傘で壁をたたく。

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「じっとしとけ」。睡眠不足になった信徒たちが声を荒らげることが増えた。カテーテルを入れ直すのも、汚れたシーツを洗うのも彼らの役目なのだ。でも牧師西田好子(70)は、同情しない。

〈イシズが邪魔か? ベッドにくくりたいか? 私が言うから世話するんか? やらされる愛なんかいらんのや〉

信徒が反発する。「面倒見るのは俺たちなんや」。西田は、イエス・キリストの言葉を返した。

「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」(ヨハネ福音書15章13節)。ピンとこない信徒に、こう「翻訳」した。

〈めんどくさいなあ、テレビ見たいなあ、昼寝したいなあ。そんな「自己中」の心は捨てろ。奉仕に損得勘定があったら駄目なんや。奉仕させてもらって、ありがとう。そこに本物の愛があるんや〉

この解釈は、西田独自のものではない。教えてくれたのは、西田が信仰の道を歩むきっかけとなった一人の男性だった。

信仰の道を開いた男性の教え

「私は一人で泣いてばっかり。こんなふうに笑えたらなあ、と思うようになったんや」

50歳を過ぎて牧師になるまで、宗教とは縁のない世界で生きてきた西田好子(70)がキリスト教に関心を抱くきっかけとなった人物は、大阪・十三の教会の長老で、一回り以上年上の男性――福井武雄だった。

出会いは約35年前。小学校の先生だった西田は、離婚して地元の大阪に戻り、2人の息子を教会が運営する保育園に通わせ、その流れで教会の日曜学校にも連れて行くようになった。授業中に紙飛行機を飛ばすような悪ガキだった息子たちを、我が子のようにかわいがってくれたのが福井だった。

〈いっつもニコニコしてはってん。せやのに私は一人で泣いてばっかり。こんなふうに笑えたらなあ、と思うようになったんや〉

当時の西田は職場で孤立していた。何事にも全力でぶつかる性格だ。子どもたちには好かれたが、強すぎる自己主張と無鉄砲な言動が同僚や保護者の反発を招いた。

「暗い顔、してますね」。事情を知らない福井は、いつも笑顔で西田を励ました。2人の息子も、そんな福井を父親のように慕って育ち、後に西田より先に自らの意思で洗礼を受けた。

福井の笑顔に憧れ、2人の息子に影響を受けて牧師に転身した西田だったが、最初の赴任先は、高齢の信徒が多い、四国の保守的な教会。あけすけな性格が災いし、再び孤立した。

「私はこんな性格やから、上品なやり方はできひんのです」と弱音を吐く西田を福井は何度も会いに来て励まし、少なからぬ献金で支援した。なぜそこまで――。福井はいつもの笑顔でこう返した。

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「西田は妥協を許さないから、ずいぶん誤解もされる。でも、イエス様はいつも『小さくされた者』の側に立たれる。弱い者を支えたいなら、そのまま進めばいい」

無償の愛を体現した福井は今年2月4日、84歳でその生涯を閉じた。

イシズの最期と信徒たちの成長

2月に亡くなった福井武雄は、体調を崩す前、何度かメダデ教会(大阪市西成区)を訪れ、信徒たちに交じって牧師西田好子(70)の説教を聞き、こんな感想を漏らしていた。「ええ教会や。西田も生きとる。信徒も生きとる」

うれしかった。2月8日の葬儀で西田は、無償の愛で支え続けてくれた福井にそっと語りかけた。

〈福井さん、うちの信徒は成長しましたよ。世界一の信徒ですよ。天国から褒めたってください〉

西田の言葉は、誇張ではない。腰の手術や持病で入退院を繰り返し、昨年3月からアパートに戻ったイシズ(80)の介護を任された信徒たちは、初めこそ愚痴を言い反発したが、時間が経過するにつれ、輝きを放つようになった。

知的障害を持ち、幼少からバカにされ続けたヤマグチ(67)は、嫌な顔一つせずにオムツを替えた。アルコール依存症のオオヤマ(60)は早朝から野菜をすりつぶし、食事を作った。精神疾患から「就労不能」と診断され、性同一性障害も抱えるサカシタ(55)は、本物の看護師顔負けの世話を見せた。

西田の携帯にはひっきりなしに報告が入り始める。「先生、イシズさんがご飯、全部食べました」「今朝は体温が高めです」「今日はオシッコが少ないです」……。信徒たちの変化は、西田の厳しい説教による「強制」だったのだろうか。西田は「違う」と言う。

〈愛されることを知らん人間は、どう愛してええかもわからへん。イシズを世話するうち、やっと愛し方が分かったんや。ちんけな愛やなく、大きな愛に育ったんや〉

この一年、イシズの容体は安定し、礼拝では賛美歌にあわせて口を動かすまでになった。その時に浮かべたかすかな笑みを、ある信徒が写真に収めている。

その一枚が遺影となるとは、誰も考えていなかった。

別れと新たな決意

3月19日午後4時。ほんの数時間前までイシズ(80)の病室にいたメダデ教会(大阪市西成区)の牧師西田好子(70)の携帯が鳴った。病院の看護師が、イシズの死を告げた。

病室に教会の関係者が集まった。号泣する信徒。じっと顔をなでつづける信徒。西田は「起きろ、起きろ、起きろ」と叫び続けた。

イシズの遺体はドライアイスに包まれ、教会に運び込まれた。

斎場がなかなか確保できず、葬儀は5日後。西田とイシズの奇妙な同居生活が始まった。

〈おはよう……ちょっと買い物行ってくるわ……ただいま……いつまで寝てんねん?〉

日中は信徒が集まり、賛美歌を歌ったり、下ネタで盛り上がったり。そこに遺体があるのを忘れてしまいそうになるほど、あっけらかんと明るい雰囲気だったが、突如、泣き出す者もいる。不思議なことに、遺体があることで、西田たちはいつも以上に笑い、歌い、会話した。

〈イシズよ、あんたはええ人生を送ったんか。ほんまに幸せやったんか。後悔はなかったんか。なんぼ考えてもわからんのや〉

西田の心の底には、イシズが3月8日に緊急入院してから亡くなるまでの10日あまり、一切、笑わなかったことが澱のようにわだかまっていた。そしてイシズの身内のことも気になっていた。イシズには別れた妻や子どもがいると聞いていたが、病室でその最期をみとったのは西田たちだけだった。

とはいえ、今できることは一つ。イシズが惨めな思いをしないように、できる限り、最高の葬式にしてやること。信徒たちに宣言した。

〈不格好でもいいから、盛大に送ってやろう。形式なんてどうでもええ。どんな服着てきてもかまわん。最後はメダデらしく笑って送り出そうや〉