東京都内でクロダイの存在感が増している。東京湾では数年前から漁獲量が急増し、都心を流れる運河などでも、40~50センチの大物を狙う釣り人の姿が目立つようになった。かつては磯釣りなどの人気魚で敷居が高いとされたクロダイだが、今は高層ビルやタワーマンションに囲まれた都心がクロダイ釣りの聖地となりつつある。
護岸沿いに次々と魚影
8月中旬、ソニーグループ本社などのオフィスビルに囲まれた高浜運河(港区)の水辺をのぞき込むと、黒い魚影が護岸沿いをゆっくりと泳いでいた。体長30センチを超えそうなクロダイが次々と姿を現した。護岸では釣り人が釣りざおを手に、クロダイ狙いの餌を付けた針を壁際へ落としている。
クロダイは警戒心が強く、釣るのが難しいとされる。記者も22日昼、東京湾とつながる新芝運河へ出かけ、餌のカニを壁際にそっと落としてみた。当たりがなければ少し歩いてまた落とす。これを繰り返す「ヘチ釣り」という手法だ。
釣り始めて20分でヒット
釣り始めてからわずか20分。さお先が大きく曲がり、これまで感じたことがない振動が手に伝わってきた。慌ててリールを巻き上げると、約30センチのクロダイが水面に姿を現した。
クロダイは「チヌ」とも呼ばれ、北海道南部から九州まで広く生息するが、近年、東京湾で急増している。千葉県によると、県内(主に東京湾)のクロダイの漁獲量は、平成初期からおおむね年間30~50トン台で推移していた。それが、令和元年には約78トンとなり、2年には約112トンに達した。その後も100トン前後の高い水準が続く。
増加の背景と今後の課題
東京湾の魚を40年以上研究してきた神奈川県水産技術センター元主任研究員の工藤孝浩さん(63)は、温暖化による海水温上昇が背景にあるとする。東京湾の水温が上がり、海底付近で酸素が乏しくなる「貧酸素水塊」が慢性的に発生。これにより、海底に住む貝やゴカイが減少し、それらを食べるマゴチなども打撃を受けた。マゴチなどはクロダイの稚魚の天敵のため、結果的にクロダイが爆発的に増えたという。
クロダイ釣りは夏場が最盛期で、7~9月ごろに護岸際で狙いやすくなる。大がかりな道具は必要なく、近年は仕事帰りにクロダイを狙うスーツ姿の愛好家もいる。ただ、都心部の運河などで釣れたクロダイを持ち帰って食べる人は少ない。冬場のクロダイは「寒チヌ」と呼ばれ、脂が乗って美味とされるが、河口付近のクロダイは独特の臭みがあることが少なくない。記者が釣り上げたクロダイからも土っぽい臭みを感じたため、針を外してリリースした。
一方、都心部で釣り人が増えるにつれ、マナーの問題も少しずつ出始めている。運河沿いの遊歩道にゴミを放置したり、歩行者の邪魔になるケースもある。港区芝浦港南地区総合支所・まちづくり課の担当者はクロダイ釣りを楽しむことは問題ないとしつつ、「ヘチ釣りは問題ないが、運河の遊歩道での投げ釣りは原則禁止。出たごみは持ち帰りを徹底するなど、ルールを守った上で楽しんでほしい」と話している。



