被爆者の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会(被団協)」のノーベル平和賞受賞決定から11日で2年となった。受賞は被爆者の講話など継承活動を後押ししたものの、核を巡る国際情勢は厳しさを増し、被団協の代表委員は「受賞は警鐘でもある」と総括する。一方、結成70年を迎えた被団協では組織の在り方が議論されており、行方が注目される。
「核のタブー」確立への貢献が評価され受賞
代表委員の田中煕巳さん(94)は自宅のある埼玉県で読売新聞の取材に応じ、「受賞を機に被爆者への関心が広がったのは間違いない。ただ、世界の人たちは核兵器が使われるかもしれないという不安を持っていないのではないか」とこの2年を振り返った。
証言活動などを通じ、核兵器を使ってはならないとする「核のタブー」の確立に貢献したことが評価され、2024年10月に受賞が決まった。同年12月、ノルウェーでの授賞式に出席した田中さんは、他の代表委員2人と壇上でメダルなどを受け取り、講演を行った。
「ノーベル賞は勲章じゃない。被爆者が高齢化する中、若者が核廃絶運動を受け継いでいくべきだという警鐘の意味合いが強い」。現地でノーベル賞委員会の関係者らと懇談し、そう実感したという。
講演依頼が500件に増加、海外からも
被団協によると、年十数件だった講演やイベント、テレビ出演の依頼が受賞決定後の2年間で500件ほどとなった。海外からの依頼もあり、代表委員の田中重光さん(85)(長崎市)はフランスなどを訪れた。
国内での活動が中心の田中煕巳さんは9月も北海道や岩手県に出向くなど各地を飛び回っている。講演会では若者から「どのような平和運動をしたらいいですか」と質問を受けることも多い。「核兵器が使われるとしたらあなたたちの世代。核廃絶に向け、自分たちで何をやるべきか自発的に考えて行動してほしい」。そう答えるようにしている。
今夏、東京・渋谷で、祖父が広島で被爆したアーティスト、コムアイさんらとの対談イベントに臨んだ。今月17日には長崎市内でも開催予定で、若者と接点を持つことにも注力する。
国際情勢の厳しさ、危機感は薄れている
世界では核保有国が当事者となる紛争が起き、核軍縮に逆行する動きが加速している状況だ。ロシアによるウクライナ侵略は長期化し、米国、イスラエルとイランの対立も続く。米露の核軍縮枠組みが失効した一方、フランスは核戦力の増強を表明。核拡散防止条約(NPT)再検討会議は3回連続で決裂した。田中さんは「戦争への関心は高まっているが、核兵器使用に関する危機感は受賞時より薄れている」と肩を落とす。
中学1年の時、長崎の爆心地から3・2キロ離れた自宅で被爆した。奇跡的に無傷だったが、伯母や祖父ら親族5人を失った。爆心地付近に入ると、焼け落ちた家の周りに遺体が放置されていた。伯母は自宅の焼け跡に黒焦げの姿で転がっていた。
自身のような経験を誰にもさせたくない。その一心で活動を先導してきた。「核兵器は人殺しの道具。なくすために我々ができるのは証言しかない。これからも起きたことを細かく伝えていきたい」
被爆2世らが継承の機運、組織の議論も
被爆者の減少や高齢化が進む中、被爆者団体が担ってきた活動を被爆2世らが引き継ぐ機運が高まっている。10日には東京都内で15都府県の被爆2世ら28人が集まり、交流会が開かれた。会では、各地の活動の現状や課題が共有された。
被団協の二世委員会委員長を務める大村義則さん(70)(愛知県)は「2世らが被爆者の思いを受け継ぎながら、一緒になって組織を運営する動きが広がってほしい」と語った。
被団協の都道府県組織は13道県で解散や休止しており、2世が会長を務めるケースもある。被団協は6月の総会で、被爆2、3世らに運営を引き継ぐ案と将来的に解散する案を中心に、1年間をかけて議論することを申し合わせた。今月8日の代表者会議では、存続を目指すべきだとする意見が相次いだ。