難病の筋ジストロフィーと闘う画家・山下重人さん(53)=仙台市在住=の作品展「虹色の架け橋」が、療養のため少年・青年期を過ごした吉野川市の国立病院機構とくしま医療センター西病院で開かれている。生命力に満ちた鮮やかな色彩の作品が、入院患者や職員らを引きつけている。
病院で過ごした日々と画風の変化
山下さんは宮崎県生まれ。3歳で病気が判明し、小学5年の時に松山市から吉野川市の県立鴨島養護学校(当時)に転入。同病院の前身の国立療養所徳島病院に入院して21歳まで療養し、仙台市へ移った。
松山にいた7歳の時、絵のコンクールで入賞。将来の夢を尋ねられ、とっさに「絵描きさん」と答えた。歩くのも難しくなり、家で過ごす時間が増えていた頃。「絵が一番身近な世界。必然的にそう答えた」と振り返る。
受賞歴と作品のテーマ
20歳まで生きられないとも言われた病気で、病院で描く絵は暗いトーンが多かった。当時を知る柏木節子・内科医長(62)は「将来の展望や夢を描けなかったのだと思う」と振り返る。ただ、20歳を超え、画風は次第に明るくなった。亡き親友への追悼として描いた「シーガイア」は、第6回障害者自立読売絵画展で「寛仁親王杯」を受賞。その後も数々の作品を発表していった。
今回の展示は柏木さんとの縁もあって実現し、タブレット端末にタッチペンで描いたコンピューターグラフィックス(CG)の作品など、約40点が並ぶ。
創作への情熱と今後の予定
「Fragrance」は気管切開で嗅覚を失った人間が、香りを色彩で取り戻そうとする試みという。「Stardust」では、宮沢賢治の「よだかの星」の世界観を自らの人生と重ね、「桜月夜の詩」は「銀河鉄道の夜」の世界と、松山市を走る「坊っちゃん列車」をイメージした。
病気の進行は止まらず、今は指3本で何とかタッチペンがつかめる程度に筋力は落ちた。それでも、「ほかの人には得がたい経験」と前向きで、粘着テープで指にペンを固定して描き続ける。
病気とともに生きてきたからこそ育まれた感性を、作品を通して見る人と共有する。絵を描くことはその試みだと言う山下さん。「1点1点の作品にさらに感性を解放し、情熱を注いでいきたい」と意気込んでいる。
同病院での展示は4日でいったん終え、24日~10月9日にも行う。9月7~18日には「ラッピング展」として、県庁や鴨島支援学校など県内20か所に作品を分散して展示する。10月13~29日には県立総合教育センター(板野町)でも展示する。問い合わせはメール(nomura@ad-assist.jp)で。



