初産から4カ月後、突然足の裏に激しい痛みが現れた女性がいた。いくつもの病院を受診しても原因はわからず、「疲れのせい」と言われ続けた。しかし、その後の診断と経験が、専業主婦だった彼女を看護師へと導いた――。
始まりは足の裏の痛みだった
新井悠美さん(40代・仮名)は、当時29歳。第1子を出産してから4カ月ほど経ったある朝、ベッドから立ち上がった瞬間、足の裏に激痛が走った。「悪霊に取りつかれたのかと思った」と振り返る。痛みは1時間ほど続き、その後も日ごとに強くなっていった。
初めての育児に追われ、病院に行く時間も取れなかったが、2カ月後には子育てに支障が出るほどに。近所の整形外科を受診したところ、医師からは「原因不明。おそらく疲れのせいでしょう」と言われた。納得できなかった新井さんは、別の病院を探し始めた。
3つ目の病院でわかった病名
その後、新井さんは複数の医療機関を訪ねたが、いずれも「原因不明」と診断された。3つ目の病院でようやく「リウマチ性多発筋痛症」という診断が下りた。この病気は、筋肉や関節に炎症が起きる自己免疫疾患で、足の裏の痛みもその症状の一つだった。
「原因がわかってほっとした反面、なぜもっと早く診断してもらえなかったのかという悔しさもありました」と新井さんは語る。
専門治療を受けなかった理由
診断後、専門医からはステロイド治療を提案されたが、新井さんは母乳育児を続けていたため、薬の影響を懸念して治療をためらった。「子どもに影響が出るのが怖くて、すぐには治療を始められませんでした」と振り返る。
代わりに、痛みを和らげるためのリハビリや生活改善を試みたが、症状は改善しなかった。結局、医師と相談の上、授乳を中断してステロイド治療を開始。すると、数週間で痛みは劇的に軽減した。
医師に治療の変更を直訴
治療を続ける中で、新井さんは自身の症状に合わせて医師に治療法の変更を直訴したこともあった。「患者として、自分の体のことは自分が一番わかっている。医師に遠慮せずに意見を伝えることの大切さを学びました」と話す。
この経験から、医療者と患者のコミュニケーションの重要性を痛感。患者の声に耳を傾ける医療者になりたいと、看護師を志すようになった。
治療を続けながら看護学校へ
症状が落ち着いた後、新井さんは看護学校への進学を決意。治療を続けながら、子育てと学業を両立させた。「病気の経験があったからこそ、人の痛みがわかる看護師になれると思いました」と語る。
看護学校では、自身の経験を活かして患者の気持ちに寄り添うことを心がけた。現在は看護師として働きながら、リウマチ患者のサポートにも携わっている。
専門医と主治医の連携が重要
新井さんは、自身の経験から専門医と主治医の連携の重要性を強調する。「リウマチ性多発筋痛症は、診断が難しく、専門医でなければ見逃されることも多い。かかりつけ医と専門医が連携することで、早期発見・早期治療につながります」と話す。
また、「患者自身も、自分の症状をしっかり伝えることが大切。『これくらい平気』と思わずに、異変を感じたら早めに受診してほしい」とアドバイスを送る。
人の痛みがわかる医療者に
新井さんは、病気の経験がなければ看護師になることはなかったと振り返る。「あの痛みがあったからこそ、患者さんの気持ちに寄り添える医療者になれた。病気は決して無駄ではなかったと思います」と語る。
現在も、足裏の痛みが再発することがあるが、適切な治療でコントロールできている。「同じような症状で悩む人に、自分の経験が少しでも役立てば」と話し、体験を伝えることの意義を感じている。



