中国の政治指導者が視察する地域では、訪問の20日前から大気汚染が改善し青空になる現象が、経済学の手法で解明された論文が注目を集めている。この現象は「形象工程(見栄えプロジェクト)」の一環であり、実質的な効果よりも見栄えを重視した政策が背景にある。
「影の国」並みの大気汚染から青空へ
ジャーナリストの高口康太氏と東京大学社会科学研究所准教授の伊藤亜聖氏が、国際学術雑誌に掲載された論文をもとに解説する連載「中国の特色あるヤバい経済学」第2回では、大気汚染をテーマに取り上げた。高口氏は「2000年代末から10年代前半まで、中国ニュースといえば汚染、爆発、毒食品といったB級ニュースが全盛だった」と振り返る。
在北京のアメリカ大使館が2008年から独自に測定した大気質指数(AQI)を1時間ごとに公表し、2010年末には上限を超えた汚染を「Crazy Bad」と表現して注目を集めた。これにより中国人の間でも大気汚染の深刻さが認識されるようになった。高口氏は2006年の北京留学時を「帰宅して鼻をかむとティッシュは真っ黒、空にはもやがかかっていたが、周囲もあまり気にしていなかった」と述懐する。
しかし近年、北京の大気は改善傾向にある。北京の「藍天指数」(青空指数、AQI100以下)の日数は、2013年の176日から2025年には311日と倍近くに増加した。それでも、重大イベント時にはさらに徹底した空気の「形象工程」が行われるという。
機密訪問先で20日前から青空に
中国では、習近平総書記の視察に合わせて、訪問予定地域の大気汚染が大幅に改善される現象が確認されている。論文によれば、視察の20日前から工場の操業停止や建設工事の中止、自動車の交通規制などの措置が取られ、結果的に青空が実現する。このような対策は、訪問が機密扱いであっても実施されるため、地元住民や企業には事前に知らされないことが多い。
伊藤氏は「重大イベントの時には、最高の青空の下で最高の写真を撮り、イベントの大成功をアピールする必要がある。そこで『オリンピック・ブルー』『APECブルー』などと呼ばれる空気の形象工程が行われてきた」と説明する。
株価上昇パワーで測る習近平総書記の権力
さらに、習近平総書記の訪問が株価にも影響を与えることが示されている。論文では、訪問先の企業の株価が訪問前に上昇する傾向が確認され、その効果は訪問のニュースが公になる前から現れるという。これは、市場が事前に情報を察知し、政府の支援や規制緩和を期待するためと分析される。
高口氏は「中国の政治指導者が持つ神通力の正体は、徹底した事前準備と情報管理にある」と指摘する。訪問に合わせた大気汚染対策や株価への影響は、中国の政治経済システムの特徴を如実に示している。
「形象工程」の歴史と実態
「形象工程」という中国語は、実質的な意味が乏しく、見栄えだけを整えるために大金を投じることを指す。豪華な政府庁舎やスタジアム建設、国際イベントや首脳視察に合わせた街並みの美化などが含まれる。毛沢東時代には、稲穂を集めて「大豊作」を演出した例もある。
日本でも天皇陛下が出席する国民スポーツ大会に合わせて施設を補修することはあるが、中国の場合は大気汚染までもコントロールする点で強烈だ。高口氏は「中国経済の深層と課題を読み解く上で、こうした現象は重要な手がかりになる」と述べている。



