日本の観光業界にとって最大の収入源だった中国人観光客が、習近平政権による訪日自粛の呼びかけで減少を続けている。中国政府が自国民の渡航を統制できる背景には、他国には見られない独自のシステムが存在する。実態を探ると、中国政府による支配の思想が垣間見える。
元高官が指摘した法律
日本の旅行業界関係者は今春、中国政府の元高官と会談した際、こう言われたという。「高市早苗首相の(台湾有事をめぐる)国会答弁があった以上、中国が訪日観光でとる対応はわかるはずだ」。元高官は長年、中国の観光行政に携わってきた人物だ。
その後、元高官が言及したのが「中国公民出国旅游(旅行)管理弁法」という法律だった。この法律は、中国国民が観光で行ける国や地域を限定し、海外へ出る人数を調整する仕組みを定めている。元高官は「中国にはこういう法律もある」とだけ話し、それ以上の説明はしなかった。
それでも、この関係者はあきらめに似た無力感を感じたという。広く知られているとは言えない法律への言及が、政府が海外旅行を事実上コントロールできることを示唆していたからだ。
統制の仕組みと背景
実際には、どのような仕組みなのか。中国政府はなぜ、自国民の海外旅行をコントロールできるのか。記事では、日本や欧米にはない統制システムについて詳報する。
中国政府の出入国管理制度には、旅行会社を通じた渡航先の指定や、パスポート発行の厳格な審査、出国時の審査強化などが含まれる。特に「出国旅游管理弁法」は、2002年に施行され、その後改正を重ねてきた。この法律に基づき、中国政府は「海外旅行目的地」(ADS)制度を運用し、中国人観光客が訪れることができる国・地域を限定している。
現在、ADS対象国・地域は約150カ国・地域に上るが、日本は含まれている。しかし、政府の意向で渡航自粛を呼びかけることで、実質的な渡航制限が可能となる。2023年以降、中国政府は日本への団体旅行を解禁したものの、台湾有事をめぐる高市首相の答弁を受けて、再び訪日自粛を強化している。
観光業界への影響
中国人訪日客の減少は、日本の観光業界に深刻な打撃を与えている。2024年の中国人訪日客数は約250万人で、ピーク時の2019年の約960万人から大幅に減少した。2025年も回復は鈍く、2026年春節(旧正月)期間には、中国人客の不在でホテルが休業する異例の事態も発生した。一方、他国からの観光客は増加しているが、中国人客の消費額の大きさを補うには至っていない。
旅行業界関係者は「中国政府の統制は政治的な意図に基づいており、観光業界だけでは対応できない」と話す。日本政府も観光誘致に努めているが、日中関係の悪化が続く限り、中国人客の本格的な回復は見込めないのが現状だ。



