「変わらないことが一番悪い」――トヨタ自動車の社長や経団連会長として日本企業の改革を促した奥田碩(ひろし)さんは、高い決断力と改革への強い意志と勝負勘を武器に、その言葉を自ら体現した経営者だった。
トヨタ社長就任と直言の姿勢
1995年、病気療養のために退任した豊田達郎氏の後任として、トヨタの社長に就く。中堅の頃から「おかしいものはおかしい」と上司に直言するタイプだったと周囲が証言する姿勢は、トップとしても貫いた。
ハイブリッド車投入前倒しと財界での変革
トヨタではハイブリッド車(HV)の投入を前倒しし、財界では変革をめざすリーダーとして活動した。
奥田碩さんが死去したことを受け、その功績を振り返る記事は有料会員向けに続きが公開されている。



