日本酒「真澄」の蔵元、宮坂醸造(諏訪市)は創業364年の老舗。県酒造組合会長も務める宮坂直孝社長(70)に、日本酒の輸出戦略や、乱高下する米価を踏まえた米生産者との向き合い方などを尋ねた。(聞き手・笹森春樹)
輸出で得る情報の重要性
――かねて輸出に力を入れている。
年商の15%くらいが輸出。売り上げを増やすためでもありますが、それと同じくらいに、海外で得られる情報が重要と思っています。欧米はワイナリーも他の酒類メーカーも長年、国際競争をしているので品質や商品作りの考え方が進んでいる。日本酒もそれを取り込む必要があります。「国内でちまちまと競争していてはダメ。世界に出て行くべきだ」という宮坂社長(諏訪市の本社で)
世界進出のきっかけと試練
――世界進出のきっかけは?
1980年代、日本酒の需要は下降していましたが、我々には地酒ブームのいい時代でした。しかし、90年代には地酒も頭打ちになり、何とかしなければと思っていた時、造り酒屋の友達にワイン通がいて、「世界を見たほうがいいよ」と、彼の知り合いのフランスのワイナリーに連れて行ってくれたのです。これはとても勉強になった。仏ワイン業界も需要は頭打ちでしたが、品質を一から見直すこと、ツーリズムと輸出に力を入れること――の三つに一生懸命、取り組んでいるように見えました。
ある人に勧められ、仏ボルドーで開かれた世界最大のワインの見本市「ヴィネクスポ」に初出品したのが99年。海外のバイヤーからは、味やラベル、ボトルまで批判され、悔しい思いをしましたが、商品や商売の仕方を見直すきっかけになりました。その後も批判され、考えて出品することを繰り返すうち、一つ一つの商品にコンセプトと特徴が出来上がった。これがうちの歴史だと思っています。
米価変動と農家との関係
――昨年は米価高騰で酒造業界も大変だった。今年は一転、米価が下落した。「七号酵母」誕生の酒蔵を示す石碑(諏訪市の本社で)
農家と酒蔵は運命共同体だと考えています。稲作農家の過半数が70歳以上。10年後、コメが日本で生産されるかも分からない。カリフォルニア米で酒を造ることになるかもしれない。国には速やかに、農業に後継者を呼び戻す政策を取ってもらいたいし、我々も後押しが必要です。それは高値のコメを買うこと。県産酒米の美山錦(みやまにしき)は、昨年より1俵当たり4000円下がったが、まだ高いとの声がある。私は仕方がないと思う。この局面で農家をたたくと、後継者が戻らなくなる。
高い原料米を買い入れ、それを価格に転嫁し、縮小する国内市場で売らざるを得ないのは困難な道ですが、工夫して乗り越えないと農家にも我々にも未来はありません。そこで輸出につながっていくのです。
今後の見通しと成長市場
――今後の見通しは?
海外には健康志向から魚を食べるような変化があり、富裕層が和食に目を向けてくれるので日本酒にとってチャンス。長野県はオリンピック開催の効果もあり海外で知名度が高く、酒蔵にとって優位性は高い。膨大な訪日客が訪れているから、日本酒を知ってもらう機会になります。酒蔵にショップや試飲ルームを整備すれば、買い物をしてもらえる。海外はブルーオーシャン(成長市場)だと思っています。
◇宮坂醸造 1662年創業。酒蔵は諏訪蔵と富士見蔵(富士見町)の2か所。現在は全量を富士見蔵で生産し、生産量は一升瓶換算で年間60万本。米国、カナダ、香港、フランスなどに輸出。香港と深セン(中国)に営業拠点を持つ。年商非公表。従業員74人。全国の酒蔵で使われる「七号酵母」誕生の酒蔵でもある。
◇宮坂社長のプロフィル 1956年、諏訪市生まれ。慶応大学商学部卒業後、米ゴンザガ大学でMBA(経営学修士)取得。伊勢丹本店(東京)で2年間研修後、83年、家業の宮坂醸造入社。香港への子会社設立など海外展開を進め、2007年、父・和宏氏から社長を引き継ぐ。22年から県酒造組合会長を務める。