人生にも「火加減」がある 中島宏明氏が語る「足るを知る」生き方と資産形成
人生にも「火加減」がある 中島宏明氏が語る「足るを知る」生き方

「足るを知ることを知っているのが、あなたの強みだ」――経営者で投資家の友人からそう言われたのは、最近のことだ。仕事をもっと増やしたいとはあまり思わず、収入や資産も必要以上に増やしたいとは思わない。物欲も強くなく、「これだけあれば十分」と感じることが増えたという。

引き算の美学と「手放し→受け取りの循環」

「なにを増やすか」よりも「なにを減らすか」を考えることが多くなった。仕事も同じで、できる仕事をすべて引き受けるのではなく、長く付き合いたい人との仕事や、面白いと思える仕事を残す。家族との時間や、なにもしない時間を守るために、やらないことを決める。

そんな考えの背景にあるのが、今年の春に新田信行氏との共著で刊行した『働くこと、生きること、つながること――ダイコクさんが教えてくれた仕事と人生のヒント――』(マイナビ出版)だ。古民家で静かに暮らす60代の「ダイコクさん」との対話を通じて、料理人の小島や子ども食堂を営む森山が、仕事やお金、人とのつながりについて学んでいく物語である。

物語の冒頭、仕事に疲れた小島はダイコクさんの古民家を訪れ、「まず息を吐く」ことを勧められる。本には「手放し→受け取りの循環」という表現や「一利を興すは一害を除くに如かず」という言葉も登場する。なにかを良くしようとするとき、私たちはつい足そうとしがちだが、すでにいっぱいのところへ新しいものを入れようとしても苦しくなるだけかもしれない。

資金繰りも人生も「火加減」が大切

本書の中で個人的に気に入っている比喩のひとつが「火加減」だ。資金繰りについて話す場面で、火が強すぎれば焦げてしまい、弱すぎれば味が出ない、ほどよい火加減でじっくり旨みを引き出すことが大切だと説く。資金繰りだけでなく、人の育成も店づくりも人生も「火加減」だと続ける。

がんばらないわけではないが、燃え尽きるほどがんばる必要もない。仕事をしないわけではないが、一日中仕事をする必要もない。投資もしないわけではないが、毎日相場を見て売買をくり返す必要もない。強火にし続けるのではなく、ときには弱火にしたり火を止める。「がんばらずに、がんばる」――長く続けるためには、そのくらいの火加減がちょうどいいのではないか。

「関係性の設計」と資産としての人間関係

本書では人とのつながりについてもくり返し描かれている。子ども食堂を一人で背負っていた森山に、ダイコクさんは「自立と孤立は違う」と伝える。困ったときに手を挙げられる関係をつくっておき、だれかが困ったときにはそっと支えられる状態をつくる「関係性の設計」の大切さを説く。

この考えは仕事にも当てはまる。広告を出したり積極的に営業したりしてこなかったが、それでも仕事が途切れなかったのは、長く付き合っている人から自然に紹介が生まれてきたからだ。本書には、「資産」とはお金だけではなく、だれかが自分のことを思い出してくれる関係性そのものではないか、という趣旨の場面もある。金融資産と同じように、人との関係にも時間をかけることで蓄積するものがある。広く知られることより、少数の人と深く長く付き合うほうが自分には合っていると感じている。

「ありのままに」生きるための4つの言葉

本書の最後で、ダイコクさんは小島と森山に「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」の4つの言葉を伝える。そして「本当の自分らしさは、貫くものというよりも、滲み出るものだ」と話す。

「成功者ブランディング」には懐疑的だ。経営がうまくいった、投資で資産が増えた、本を出した――それらはすべて人生の途中にある出来事にすぎない。その一瞬を切り取って「成功者」という固定的な人物像をつくる必要はない。自分が何者かを強く演出しようとすると、その虚像を維持するために生きなければならなくなる。「ありのままに」はなにも努力しないという意味ではなく、自分を必要以上に大きく見せず、いまの自分にできることを続けること。その人らしさは、長く生きているうちに自然と滲み出てくるものかもしれない。

「いつか余裕ができたら、穏やかに暮らしたい」と考える人は多いが、穏やかに暮らすのはなにかを達成した後でなくてもいい。仕事をほどほどにする、家族と過ごす、好きな人と話す、資産を長期で育てる、不要な仕事を減らす、音楽を聴きながらコーヒーを飲む――それで十分なら、今からやればいい。

本書を書いたとき、新田氏をモデルにダイコクさんという人物を描いた。古民家で季節の作物を育てながら、困っている人が来れば話を聞き、必要な言葉を伝える。書いていたときは未来の自分を描いているつもりはなかったが、最近自分の最晩年について考えてみたら、意外なほどダイコクさんに似た生活を想像していた。物は少ない、仕事も少ない、でも人とのつながりは残っている――そんな暮らしも、きっと悪くない。

もっと手に入れることが豊かさなのではなく、なにがあれば十分なのかを知っていることが豊かさなのかもしれない。人生にも火加減がある。強火で走り続ける時期もあれば、弱火でじっくり味を出す時期もある。40歳になった今年、弱火の良さがわかってきた気がしている。いま読み返すと、この物語が教えてくれるのは、どうすれば無理なく、長く、豊かに生きられるかなのかもしれない。