南海フェリーが2028年3月末に事業撤退、関西と四国結ぶ鉄道連絡船の役割終了へ
南海フェリーが2028年3月末に事業撤退、関西と四国結ぶ連絡船終了

南海フェリーは2028年3月末をもって事業を撤退することを発表した。関西と四国を結ぶ鉄道連絡船として長年親しまれてきた航路が、ついにその歴史に幕を下ろす。

鉄道連絡船としての役割

かつて南海電気鉄道の特急が「サザン」となる以前、難波―和歌山港間には1000系の特急「四国」がヘッドマークを掲げて運行されていた。この列車は「私鉄にも四国行きルートがあるぞ」とアピールする存在であり、関西以外ではあまり知られていなかったが、乗車するとどこか気持ちが高揚したものだ。

夜行のフェリーに接続する列車もあり、和歌山港駅の連絡通路はフェリー乗り場へ急ぐ人々で行き交い、かつての青函連絡船の夜行便乗船風景を彷彿とさせる雰囲気があった。

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小松島港時代の記憶

1999年までは、現在の徳島港ではなく小松島港発着だった。さらに1985年までは国鉄小松島線があり、鉄道が港へのアクセス交通の役割を担っていた。大阪の難波から南海電気鉄道+南海フェリー+国鉄小松島線というルートは、鉄道車両の航送こそなかったが、まさに鉄道連絡船のイメージだった。

小松島港は国鉄小松島港駅に隣接し、港では竹を通されたちくわが名物として売られていた。当時の小松島港には、南海フェリーのほかに共同汽船が運航する大阪―小松島航路のフェリーも発着していた。

四国航路の廃止相次ぐ

四国を発着する航路は近年、多くが廃止や運休になっている。2025年には北九州と松山を結んでいた夜行フェリーが廃止された。筆者も何度も利用していたため、残念に感じた。その以前には佐伯と宿毛を結んでいた航路も休止となった。関西と別府などを結ぶ航路には愛媛を経由する便があったが、現在は関西―九州間に専念し、四国への寄港はなくなっている。

本四架橋の影響と旅情

3本の本四架橋が完成し、四国は本州と陸続きになって便利になったが、旅情や風情という点では、四国へのフェリーは勝っていた。内海であるため海が荒れることもなく、鉄道からフェリーへ乗り継いで四国入りすると「はるばる四国へやってきた」という感覚があった。

地方公共交通の先行き不安

日本の人口減少や自動車社会の進展により、地方の公共交通機関の経営は全国的に芳しくない。南海フェリーの撤退もその流れの一環であり、今後も同様の撤退が続く可能性がある。

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