宇宙望遠鏡の歴史:最初の宇宙望遠鏡からハッブルまで、その進化をたどる
宇宙望遠鏡の歴史:最初の宇宙望遠鏡からハッブルまで

宇宙望遠鏡は、地球周回軌道上に設置された天体望遠鏡です。空気がない宇宙空間に置くことで、地上では妨げられる電磁波を観測できるという利点があります。有名なものでは、ハッブル宇宙望遠鏡や、2025年8月30日に打ち上げられたナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡などがあります。

宇宙望遠鏡の歴史は、1968年に打ち上げられた「スターゲイザー」に始まります。本記事では、その歴史を振り返りながら、宇宙望遠鏡がどのように進化してきたのかを解説します。

宇宙望遠鏡の始まり:スターゲイザーとコペルニクス

最初の宇宙望遠鏡は、NASAが1968年に打ち上げた紫外線宇宙望遠鏡「スターゲイザー」です。4基の望遠鏡が束ねられた構造で、「OAO-2」という名前でも知られています。OAOは「軌道天文台」を意味します。この望遠鏡は、高温の星が予想よりも強い紫外線を出していることなど、さまざまな発見をもたらしました。

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続いて、1970年にはNASAが紫外線宇宙望遠鏡「コペルニクス」を打ち上げました。こちらはOAO-3と呼ばれ、多くの成果を上げています。なお、先に計画されたOAO-1は失敗しています。

大成功を収めたIUEとIRAS

1978年1月26日、NASAはアメリカとヨーロッパの共同プロジェクトとして「IUE(国際紫外線天文衛星)」を打ち上げました。IUEは姿勢制御にロケットではなくフライホイールを使うことで、燃料不要で長期間運用でき、1996年まで約20年間にわたり活躍しました。紫外線観測で多数の科学的成果を上げましたが、スペクトル観測を撮像用の真空管で行っていたため、画像が少なく、あまり知られていません。

一方、天文ファンの間で話題になったのは、1983年に打ち上げられた赤外線宇宙望遠鏡「IRAS」です。アメリカ、オランダ、イギリスの共同プロジェクトで、運用は10か月でした。これは、赤外線センサーを冷やすための液体ヘリウム700リットルが尽きるまでの期間でした。

IRASは、地上では観測できない低温の天体を次々と観測し、宇宙全体の長波長の赤外線放射分布を初めて地図にしました。全天で約35万個の赤外線源を検出し、スターバースト銀河を約7万5000個発見したほか、天の川銀河の中心部の初めての画像を撮影しました。また、織姫星(ベガ)の周りにチリの円盤を発見し、惑星形成の過程のヒントを得ました。

さらに、IRASは6つの彗星を発見し、そのうちの1つ「IRAS・荒木・オルコック彗星」は肉眼で見える明るい彗星となり、天文ファンの間で話題になりました。また、ふたご座流星群の母天体とされる小惑星「ファエトン」も発見しています。

1980年代の宇宙望遠鏡とハッブルへの道

1980年代には、さまざまな宇宙望遠鏡が打ち上げられました。1983年にはフランスの紫外線宇宙望遠鏡「ASTRON」が、口径80cmの望遠鏡を搭載して打ち上げられました。同じく1983年には、欧州宇宙機構(ESA)がX線望遠鏡「EXOSAT」を打ち上げました。X線は鏡で反射させることが難しいため、浅い角度で曲げて観測する方式を採用していました。

1980年には、NASAの太陽望遠鏡「SMM」が打ち上げられ、軌道上から太陽を観測して成果を上げました。1989年には、マイクロ波宇宙望遠鏡「COBE」が打ち上げられ、宇宙全体の背景放射の分布を調べ、ビッグバン宇宙論の精密化に貢献しました。

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そして、1990年にハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられました。ハッブルは、紫外線や赤外線、X線宇宙望遠鏡の成果を踏まえつつ、可視光で宇宙をとらえる望遠鏡として計画されました。打ち上げ後にピントが合わないというトラブルに見舞われましたが、スペースシャトルで補正用のレンズを運び、宇宙飛行士が修理を行いました。その後も4回のアップグレードを経て、現在まで35年以上にわたり運用されています。

ハッブルの鮮明な画像は人々の宇宙観を変え、その後の多数の宇宙望遠鏡の活躍につながりました。宇宙望遠鏡の歴史は、観測技術の進歩とともに、宇宙に対する理解を深め続けています。