NVIDIAの新SoC「RTX Spark」の正式なリリースが近づいている。同社はRTX Sparkを6月の「COMPUTEX TAIPEI 2026」で発表したが、その時にリリース時期を「この秋」と説明しており、今まさに秋の機節を迎えつつあるからだ。
既に9月上半期にドイツ・ベルリン市で開催されたIFAでは、Acer、ASUSTeK Computer、Lenovoなどが搭載製品を発表している。
このRTX Sparkだが、これまでWindows PCで主流を占めていたx86プロセッサではなく、Armプロセッサと呼ばれる別の種類のCPUが採用されている。
Arm版Windowsのソフト互換性問題
そこで心配されるのは、ソフトウェアの互換性問題だ。確かに登場当初のArmプロセッサが動作するWindows(WoA、Arm版Windows)にそうした懸念があったのは事実だが、今はほぼ解消に近づいている。そのあたりの状況を解説していこう。
NVIDIAが6月にCOMPUTEXで発表したRTX Sparkは、Windows向けのSoC(System on a Chip、1つのパッケージ製品でコンピュータを構成できる半導体製品のこと)になる。これまで、Windows向けのSoCは、AMD、Intel、Qualcommという3社が提供してきたが、今回NVIDIAが参入することを明らかにしたことで、4社が提供する形になり、技術革新や価格競争の面でユーザーにメリットをもたらすと考えられている。
NVIDIAのRTX Sparkは、厳密にいうと半導体製品としては完全に新しい製品ではない。というのも、NVIDIAは2025年のCESやGTCにおいて「DGX Spark」というAI開発用のミニPCを発表し、2025年の秋ごろからAI開発者向けに販売している。
このDGX Sparkに採用されているSoCが「GB10」で、基本的にRTX Sparkの半導体製品となるN1X(開発コード名)は物理的にはGB10とほぼ同じだと考えられている(以下基本的にどちらも同じチップであることを前提に話を進める)。
N1XのアーキテクチャとArm採用の理由
GB10もN1Xも、1つのパッケージ内に2つのチップが内蔵されている、いわゆるチップレットの構造になっている。1つはGPU以外のCPUや周辺部分を構成するCPUダイで、こちらはNVIDIAのパートナーであるMediaTekが開発してNVIDIAに提供している。
もう1つがNVIDIAのGPUダイで、48のSM(6144のCUDAコア)の演算器を搭載しているため、ダイそのものはGB205(Geforce RTX 5070などに使われているNVIDIAのGPUダイ)相当だと考えられている(GB205と全く同じかどうかなどは不明だが、少なくともGB205に搭載されているGDDRメモリ用のメモリコントローラーはN1Xでは必要がなく、メモリコントローラーはCPU側のメモリコントローラーが利用されていると考えられる)。
さて、そうしたN1XのCPUダイが備えるCPUだが、ArmがMediaTekに提供しているIPデザイン(半導体の設計図のこと)であるCortexシリーズを採用している。Arm CPUの通例として、省電力のために2つの種類のCPUが搭載されており、プライムコアと呼ばれるシングルスレッド性能重視の「Cortex-X925」と、マルチスレッド向けのパフォーマンスコアである「Cortex-A725」が10基ずつ搭載されている。
いずれもArmの命令セットアーキテクチャ(Instruction Set Architecture、以下ISA)であるArmv9(第9世代のArm ISA)に対応しており、Arm ISAに対応したソフトウェアを実行できる。
このISAとは、非常にざっくりいえば、ソフトウェアがCPUと話せる言葉になる。英語しか話せないアメリカ人と、日本語しか話せない日本人のコミュニケーションがとれないのと同じで、ソフトウェアとCPUも同じ言葉を話す必要があるので、こうしたISAが規定されている。ISAが違うと、ソフトウェアはそのCPUで実行できない。Arm ISA向けに書かれたソフトウェアは、Arm ISAのCPUでしか実行できないのだ。
これまで、Windowsでは一般的にx86というISAが利用されてきた。これはMS-DOSというWindowsの先祖にあたるOSが、IBM PCで採用されたときに使われたCPUが8086(より正確にいうならそのサブセットである8088)というIntel CPUだったことにちなんでおり、8086の後継が80286、386、486とリリースされていったため、x86という名称で定着したのが歴史的な経緯だ。
AMDやIntelが販売しているWindows向けのSoC(Ryzen AIやCore Ultraプロセッサなど)は、そうしたx86 ISAの上位互換になっており、メモリバス幅が16bit、32bit、そして現状の64bitと進化しているが、基本的には同じ言葉(x86 ISA)を話せることは変わっていないのだ。
このため、違う会社がリリースしているAMDのRyzen AI、IntelのCore Ultraのどちらも同じx86のWindowsが動くし、x86のアプリケーション/ソフトウェアが動く。これが長い間Windowsプラットフォームでは続いてきた。
WoAの互換性問題とPrismの役割
それに対して、N1XのCPUであるCortex-X925/Cortex-A725は、Arm ISAになる。このため、AMDやIntelのx86 ISA向けに作られたソフトウェアはそのままでは動作できない。そもそも基本ソフトウェア(OS)であるWindows自体に、Arm専用版が必要になり、Windows on Arm(WoA、Arm版Windows)と呼ばれて従来のx86版Windowsとは区別されている。
現在のWoAは、2016年に構想が発表され、実際に搭載した製品が登場したのは2018年になる。Qualcommが2017年末に発表した「Snapdragon 845」のPC版を搭載し、販売された。当初から課題として言われていたことは、アプリケーションの互換性だ。
こちらは前述の通り、Arm ISAのCPUではx86 ISAのソフトウェアはそのままでは実行することができない。WoAではOSがArm対応になっていても、実行するアプリがないのでは意味がないということになってしまう。
そこでWoAでは、当初からPrismと呼ばれる「翻訳機」(ISAの翻訳はバイナリ変換と呼ばれる)が用意されている。このPrismではアプリがx86 ISAだったときに、その命令をArmに翻訳して伝える役割を果たしている。
このため、当初はArm ISAに対応しているアプリケーションなど皆無といった状況だったが、x86アプリケーションをWoAで実行できたので、使えるアプリケーションが多数という状況から始めることを可能にした。
このような新しい技術の導入時には「鶏が先か、卵が先か論争」といって、インストールベースと呼ばれるユーザーの手元にあるArmマシンが少ないからソフトウェアの会社はArmに対応したソフトウェアを作らない――といった卵がないから鶏は生まれないし、鶏がいないから卵が生まれないという状況が発生して、結局普及しないということがよく起こるのがITの世界だ。それを避けるために、WoAではPrismが初期導入された。
ただし、Prismが万能かというと、実はそうではない。Windows OSはユーザーモードとカーネルモードといってユーザーがソフトウェアを実行する環境が明確に分かれている(アプリが何らかの理由で落ちた時に、OSを巻き込んでシステム全体が落ちることを避けるため)。
OfficeやCreative Cloudのようなアプリはユーザーモードで実行されるが、OSのコンポーネント(ドライバやOS自体の本体部分)はカーネルモードで実行されている。
例えばデバイスドライバはカーネルモードで動作するアプリの代表で、GPUのドライバやプリンタドライバなどは、Prismでは翻訳ができず、Arm版が必要になる。よく「WoAでXXが動かない」と言われる場合は、これが原因であることがほとんどだ。