板東英二さん死去、魚津高OBが偲ぶ「我々世代の球児代表」
板東英二さん死去、魚津高OBが偲ぶ

プロ野球・中日元投手の板東英二さんの訃報が伝えられた28日、甲子園で球史に残る熱戦を演じた富山県立魚津高校のOBも別れを惜しんだ。

球史に残る延長十八回の死闘

1958年の夏大会、魚津高校は「蜃気楼旋風」とよばれる快進撃で県勢初の8強入りを果たした。準々決勝で対戦したのが、板東さんがエースの徳島商高校だった。試合は延長十八回で0―0の引き分け。魚津高で投げ抜いた村椿輝雄さん(85)は、胸を目いっぱい開き剛速球を繰り出す板東さんを「自信満々で鬼のような投手で、実力は雲泥の差があった」と懐かしむ。4番打者の吉田義夫さん(85)も「対戦した投手の中でもずば抜けて球が速かった」と振り返った。試合は再試合となった。

再会と別れの言葉

村椿さんは2008年、90回大会の記念イベントで板東さんと再会。キャッチボールをしたが「当時の面影もなく山なりになった」と懐かしむ。「我々世代の球児代表だった。おつかれさまと言いたい」と語った。芸能界での活躍も見ていた吉田さんは「夏になると、元気かなと思い起こしていた。もう見られないのはさみしく残念だ」と故人をしのんだ。

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