愛知県蟹江町のスケートボードパーク「滑場」で、子どもたちに指導する岡本碧優選手(20)=愛知県高浜市出身=の姿があった。アジア競技大会スケートボード女子代表に内定している岡本選手は、昨年11月からスクールで講師を務め、練習の合間を縫って指導している。
「楽しむ気持ちが大事」指導に込める思い
「もう少し前足をあげられる? もっと跳べる、跳べる。行こう!」「いいね! きれい! めっちゃいいよ」。子どもたち2人の滑りを真剣に見つめ、1回約30秒の滑りが終わるたびに、顔を上げるタイミングや目線、体重のかけ方、足をあげる高さなど細かな点を笑顔で伝えた。
指導を受けた津市の女児(10)は「優しく教えてくれる。教わってエアを高く跳ぶことができた」と声を弾ませる。岡本選手は生徒が1回滑るごとに必ず褒める要素を見つけるよう心がけている。
「うまくなるには楽しむ気持ちが大事。その気持ちをなくしてほしくない」。その思いの裏には、自身が一時、競技から離れた苦い記憶がある。
東京五輪出場も「勝つ」だけだった日々
岡本選手は小学2年で兄の影響でスケートボードを始め、小学6年の12月から親元を離れて競技に打ち込んだ。2021年東京五輪に15歳で出場し、空中で1回転半する大技「バックサイド540」を女子として国際大会で初成功させ、世界ランキング1位で臨んだが、パーク女子4位に終わった。
五輪を区切りに、いったん競技から離れた。練習漬けの日々で学校の友人と過ごす時間もままならず、「『勝つ』という気持ちしかなく、やっていて苦しかった。好き、楽しいという感情が薄れて、ほぼない状態だった」と振り返る。視野を広げて自分が本当に何をしたいのか向き合おうと考えた。
約3年ぶりの滑りで再確認した楽しさ
大学受験を控えた高校3年の2024年9月、勉強の「息抜き」に約3年ぶりにボードを手にした。映像すら見なくなっていたが、久しぶりの滑りで「こんなに楽しかったっけ?」という思いが湧いた。
少しずつ滑るようになり、大学進学後の2025年夏に本格復帰。同年10月の日本選手権は、地元で開かれるアジア競技大会の代表選考会を兼ねており、「2位までに入るぞ」という意気込みと「復帰してすぐだし、無理な話かな」という不安がせめぎ合ったが、大技の「540」を繰り出すなどして2位に入り、出場権を獲得した。
「本当にびっくりした気持ちでいっぱい。県内なので友だちにも大会を見に来て、と言える。とてもうれしかった」と笑顔で語る。
勝ちを追い求めていた頃の自分とは違い、「いまは楽しむのが一番。私が楽しみ、見た人も『楽しい』と思ってもらえたらいい」と話す。アジア大会でもスケートボードを楽しみたい一心だ。



