テニス男子の木下グループ・ジャパンオープンは30日、東京・有明テニスの森公園で開幕する。29日には初日の試合日程が発表され、坂本怜(IMG)のシングルス1回戦がセンターコートの第4試合に組まれた。この大会を最後に引退する錦織圭(ユニクロ)と、世界ランキング8位のフランシス・ティアフォー(米国)の1回戦は含まれず、10月1日以降に行われる。
数字で見る錦織の劣勢
錦織とティアフォーの対戦を直近の数字から占うと、錦織の劣勢は否めない。世界ランキングは436位と8位。直近の全米オープンは予選敗退とベスト4。しかも、錦織が予選で敗れた坂本怜を、ティアフォーは2回戦でストレートで下した。
錦織に根ざす「臆さない」哲学
ただ、プロテニスプレーヤーの錦織に「臆する」という感情はない。ずっとそうだった。
4大大会デビュー前の18歳のとき、当時世界2位のラファエル・ナダル(スペイン)から1セットを奪い、惜敗した試合があった。大善戦に満足感もあるのかと思ったら、違った。心底悔しそうに、「簡単なミスで点を与えてしまった」。相手がどんな大物でも、勝利への執着は変わらない。
錦織は中学生時代、詩人・相田みつをに感銘を受け、自身を鼓舞する格言作りにはまった。テニスは世界のトップに近づくほど、技術に加え、心の持ちようが勝負を分ける。錦織少年が書き残した至言の解釈を、本人に一つひとつ聞いたことがある。
- 「いつでも だれでも ラッキーはくる そう思え」(幸運が来るのを信じ、決してあきらめるな。その幸運を呼び込む努力を怠るな)
- 「きたー この感じだ!」(ゾーンに入ったときは集中力が高まり、誰にも止められない感覚)
- 「まだいける そう思えるか」(2セット先取されても大逆転勝利は可能だ。絶対にあきらめるな)
母の返信が支えた転機
少年時代のそんな営みが、思わぬ形で生きたことがあった。2008年全仏オープンの予選2回戦で敗れたとき、めったに弱音を吐かない錦織が、「苦しい、やめたい」と母・恵理さんにメールを送った。どう返すべきか。父・清志さんとも相談し、恵理さんはこう返信した。「『いつでも だれでも ラッキーはくる』 そんなことを自分で書いていたことがあったじゃない?」
錦織は何も返さなかった。その約1カ月後、ウィンブルドン選手権で、日本男子史上最年少となる4大大会デビューを果たした。中学生の自分が残した言葉に、立ち直るきっかけをもらった。あれから18年。あきらめない大切さを胸に、幾多の激闘をくぐり抜けてきた。
最後の戦いへ
第2シードのティアフォーとの初戦が、どんな展開になるかは分からない。劣勢を強いられ、「まだいける そう思えるか」と自らを鼓舞するのか。ゾーンに入り「きたー この感じだ!」で、ランキング上の番狂わせを起こすのか。負けたらラケットを置く、最後の戦い。満杯の有明コロシアムが、錦織を後押しする。