愛知・名古屋アジア競技大会のカバディ男子日本代表は1次リーグで敗退し、目標としていた16年ぶりのメダル獲得はならなかった。今大会で日本代表からの引退を決めている主将の阿部哲朗選手(28)と副主将の千葉央人選手(27)は花道を飾れなかったが、代表ラストマッチとなった24日の韓国戦では、競技人生で最大級の歓声を浴びた。ともに喜び、時に衝突もしながら大学時代から約10年間、同じチームで戦ってきた2人は、カバディ人生の第2幕を見据える。
韓国戦で62-35の大勝、小学生の歓声が力に
24日の韓国戦は序盤から日本が優位に試合を進めた。千葉選手の攻撃で得点し、阿部選手の守備で流れを一気に引き寄せる、いつもの試合運び。招待された地元の小学生で満員となった観客席からは得点の度に大歓声が上がり、選手たちもそれに応えるかのように得点を重ねる。試合は62-35の大勝。千葉選手は阿部選手をねぎらうように、その背中を両手でたたいた。
大学での出会いから一からチーム作り
2人の出会いは大学時代。大東文化大学に入学直後、カバディ経験者の阿部選手はカバディサークルを作るために体育館で体験会を開いた。横のコートで行われていたバドミントンサークルの練習に参加していたのが、同じく1年生の千葉選手だった。千葉選手は漫画「灼熱カバディ」を読んでいたこともあり、隣でやっているスポーツに興味が湧いた。阿部選手に声をかけ、カバディを体験。面白さにひかれ、そのまま一緒にカバディサークルを作った。
集まったのは計9人。高校時代からカバディ部に所属し、すでに日本代表に選ばれていた阿部選手を指導役にしてコツなどを教わった。最初はただ楽しくカバディをやる、いわゆる「エンジョイ勢」だった。
しかし、初めて出場した大会で強豪の大正大学に大敗し、雰囲気は変わる。千葉選手は「楽しさも悔しさも経験して、もっとうまくなりたいと強く感じた」と振り返る。技術や基礎練習に取り組み、チーム全体に勝利への意識が芽生え始めた。その裏で、ひそかに胸を躍らせていたのが阿部選手だった。「自分は元々本気でやりたかったけど、最初からそれでは誰も残ってくれない。まずは楽しくカバディを始めて、1回でも大会に出れば皆も本気でやってくれるようになると思っていましたから」
大学生とはいえ、指導者は日本代表選手。チームのレベルはみるみるうちに上がった。大学3年の学生大会では大正大学を破り、優勝を果たした。この頃になると、千葉選手の実力も全国トップクラスに。大学4年生で、阿部選手とともに日本代表に選出された。「哲(阿部選手)の方がカバディは詳しいはずなのに、初心者の自分たちにも意見を求めてきて、議論ができた。それで全体のレベルが上がったと思います」と千葉選手。
大学卒業後も、2人で大東文化大学OBを中心としたチームを作り、現在まで同じチームに所属している。
直感型の阿部、理論派の千葉、補完し合う関係
そろって参加した2023年のアジア大会で、日本は1勝もできずに終わる。千葉選手はこのとき、前十字靱帯が断裂した状態で試合に臨んでいた。「けがさえなければ」。不完全燃焼に終わった戦いを経て、日の丸を背負いたいという思いはさらに強まった。阿部選手も、負けた悔しさは同じだった。
新体制になると、新田晃千監督の指名で阿部選手が主将に。「競技のキャリアも長く、自分が選手をしている頃から代表にいて、信頼感もある。大学で一からチームを作ったという行動力も見込んだ」と新田監督。そして、これまで置いていなかった「副主将」のポストを阿部選手の要望で設けることに。阿部選手が指名したのは、もちろん千葉選手だった。「これまで一緒にチームを作ってきた頼れる存在。何より、いると落ち着く」。異なるプレー感覚の持ち主としての期待もあった。「自分は直感型ですが、千葉は理論派で、理解が早く先を読む力もある。新しいボードゲームをやってもすぐに勝ち筋を見つけてしまうような人間です。自分にないものを補完してくれると思いました」
試合でもその役割は発揮されている。関係者から「日本一カバディがうまい」と評される阿部選手はプレーでチームを引っ張る一方、千葉選手は司令塔として試合のテンポをコントロールし、守備が抜けると空いたポジションのカバーをしてチームにバランスを生んでいる。
以前、千葉選手がけがで代表から一時離脱していた時期があった。阿部選手は「プレーでもチームメイクでも、『千葉がいてくれれば』と何度も思った」という。千葉選手も「哲がいると安心感が違う」と信頼を寄せる。
互いへの敬意を口にする2人だが、そろって日の丸を背負うことに特別な思い入れがあるかと尋ねると、「ない」と即答する。阿部選手は「いるのが当たり前というのもありますけど、代表は友だちごっこではないですから」と冷静だ。
引退理由と今後の展望、若手へのバトン
2人は今大会を最後に代表から引退する。選手としてはまだまだ現役でプレーできる年齢だが、マイナーなアマチュアスポーツならではの悩みも抱えていた。千葉選手は「職場にも迷惑をかけるし、結婚も待ってもらっている状態。前回大会から3年間はカバディに全てを費やしてきましたが、あと4年間、これを続けるのは難しい」と話す。阿部選手も「自分は器用じゃないので、カバディと仕事の両方をうまくこなすことはできない。カバディに力を傾けてきた分、自分の人生で止まっているものが多くある。そろそろ、動かさないと」。
日本代表として最後の試合となった韓国戦。前日の台湾戦では想定していなかった敗北を喫していただけに、「全てをかける」意気込みで試合に臨んだ。これまでの3試合では精彩を欠いていた守備も機能し、エース・鈴木祥矢選手の攻撃の勢いも健在。千葉選手のゲームメイクや阿部選手の守備もさえわたり、阿部選手は「『これがやりたかった』という試合展開だった。できることはやりきった」と話した。その後、チーム関係者の競技規則への理解の甘さから、決勝トーナメント進出に必要な条件が十分に把握・周知されていなかったことが判明。千葉選手は「大会前に知っていれば、初戦のインド戦での戦術も変わっていたのに…」と悔やむ。予期せぬ形での幕切れに、2人の表情はどこかすっきりしない。
それでも大会を通しての成果もあった。千葉選手は「鈴木や荒竹(大輝)という若い選手が(国際大会で)通用することが証明された。安心してバトンを渡せる」と語る。さらに、観客席は連日ほぼ満席となり、カバディを初めて見たという人も多くいた。SNS上には「カバディ面白かった」「はまった」という書き込みも見られた。確実にカバディファンは増えた。阿部選手は「カバディに注目してくれる人にどういうアプローチができるか、何をできるのかが重要。大会が終わっても、僕たちには責任があります」と語る。
代表は引退しても、選手としてはまだまだ現役でいるつもりだ。次の大会は11月の全日本選手権。「日本代表の若手をぼこぼこにして、『まだまだだな』と言う。そんなウザい先輩でいたいです」と阿部選手。2人のカバディ人生は、これからも続いていく。