ハンドボール男子・田中選手、30歳で初代表 アジア大会へ決意
ハンドボール田中選手、30歳で初代表 アジア大会へ

30歳で初めて日本代表のユニホームを着て、国際大会のコートに立った。今年1月にクウェートで行われたアジア選手権のことだ。「喜びもありつつ、責任が重大だと思った」。身が引き締まるのを感じた。

常勝軍団の司令塔

所属する豊田合成(愛知県清須市)は昨年12月の日本選手権で6連覇を達成。国内最高峰「リーグH」では昨年、前身の日本リーグ時代からの5連覇を飾った。

司令塔役のセンターバック(CB)として、常勝軍団を支えてきたが、なぜか代表には縁がなかった。

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「ボールを失わず、シュートまで組み立ててほしい」。日本代表のトニー・ジェローナ監督に言葉をかけられた。それは2020年に豊田合成に加入してから心がけ、大事にしてきたプレースタイルと重なった。

移籍の決断

長崎市出身。ハンドボールが盛んな小学校に通い、3人の兄姉と同様に競技を始めた。長崎日大高、日本大を経て、日本リーグのトヨタ紡織九州(佐賀県神埼市)に入社した。

1年目から得点力を備えたCBとして中心選手になったが、「合成にだけは一度も勝てなかった」。同僚の外国人選手に「今のリーグで一番いい試合をするのは合成だ」と聞かされ、大学卒業時にも憧れたチームへの思いが募った。「どうしても合成でプレーしたい」と移籍を決断した。

チームが変われば、役割も変わる。多彩なゴールハンターをそろえる豊田合成で求められたのは、自身のシュートよりも、周囲を生かす司令塔役だった。

模索の日々

最初の年はコートに立てない時間もあったが、下を向くことなく、どうしたら必要とされるか、模索を続けた。よく映像を見たのは、自身と入れ替わりで引退した樋口睦さんや、信太弘樹さん(現・ジークスター東京監督)のプレーだった。特に、信太さんが確実なシュート場面を作り出そうと、急がず、そして相手をもてあそぶようにボールを回す姿が目に焼き付いた。

アジア大会への抱負

移籍から6年。チームに落ち着きをもたらしながら、「切り込み隊長」と呼ばれるように、時には素早い動きで相手ディフェンスを翻弄する熱いプレーで試合の流れを引き寄せる。

身長1メートル75の体は、体幹まで鍛え上げられた筋肉の塊だ。「相手よりも速く動きたい」と体脂肪率も7~8%に抑えている。

アジア選手権で日本は、準決勝で優勝したバーレーンに敗れ、クウェートとの3位決定戦は最終盤、自身のゴールで追いついたものの、1点差で涙をのんだ。「中東の選手は、審判が見ていないところでは、何でもしてくる。アジア大会の前に、それを体感したのはいい経験になった」と振り返った。

ハンドボールは愛知県春日井市総合体育館と、同県稲沢市のチームの本拠地であるエントリオが会場になる。「地元の人がたくさん応援に来てくれると思う。その中で金メダルを取りたいですね」。そう決意を語った。

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