柔道家・山下泰裕が1984年ロサンゼルス五輪柔道無差別級決勝で見せた闘志と、その後の過剰な祝福による葛藤を振り返る
山下泰裕、ロス五輪金メダル回顧 怪我と祝福騒動を語る

1984年のロサンゼルス五輪柔道無差別級決勝。山下泰裕は右足の肉離れという怪我を抱えながら、モハメド・ラシュワン選手を破った。この一戦は多くの人の記憶に残ったと山下は語る。「もし怪我がなく盤石に勝っていたら、『ああやっぱり山下は強かった』で終わっていただろう」と振り返る。

山下は、2018年の平昌冬季五輪で怪我をしながらも見事な演技を見せた羽生結弦選手の例を挙げ、ハンデや葛藤を背負った状況だからこそ集中力が高まり、持てる力を全て出せたと説明。覚悟を決めることの大切さを強調し、「失敗を恐れず、自分を信じて。たとえ敗れても貴重な体験になる。失うものなど何もない」と語る。

帰国後の熱狂と葛藤

金メダルを獲得して帰国後、山下は熱狂に近い祝福を受けた。五輪前は全ての依頼を大会後に受けると断り続けていたため、祝賀が殺到した。しかし、あの約束は大きな失敗だったと山下は認める。足の怪我を治療し、人生最後の戦いとなる1985年の全日本選手権に臨む準備をしたかったが、ほとんどできなかった。「周りがこんなに気遣ってくれているのに、それに応えることができない。お祝いの席に行って悲しくて涙が出たほど」と心境を明かした。

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試合を観戦に来た祖父・泰蔵さんの姿も報じられている。このエピソードは、山下にとって忘れられない五輪体験となった。

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