父を亡くし悲しみにくれた中3の夏、柔道部監督の誘いで立ち直り…高校最後のインターハイ初出場へ 兵庫・社高校の原田晟波主将
父を亡くし悲しみの中、監督の誘いで立ち直り…インターハイ初出場へ

兵庫県立社高校(加東市)柔道部主将の原田晟波選手(3年)が、8月6日に和歌山市で始まる全国高校総体(インターハイ)の柔道競技に初出場する。父を3年前に大腸がんで亡くし、悲しみの中、原田大輝監督の誘いで同校に進学。この夏、亡き父に「勝ってきます」と誓って試合に臨む。

父の死と監督の誘い

原田選手は兵庫県上郡町出身。身長1メートル78、体重92キロ。小学4年の時、父晋太郎さんに連れられ近所の道場で柔道を始めた。応援に来る父の前で技を決めるのがうれしく、上達していった。

父が大腸がんと診断されたのは中学2年の時。闘病中、応援に行けなかったが、大事な試合の前日には体調が悪くても原田選手の頭をバリカンで丸め、「頑張ってこいよ」と激励した。がんは肝臓に転移し、中学3年の夏に46歳で亡くなった。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

「人生で一番つらかった」という時、社高校の原田大輝監督(46)から中学に勧誘の連絡が入った。3年の夏、練習見学に行き、「うちで一緒に全国を目指さないか」と誘われた。「よい結果を出せたら父にいい報告ができる」と同校に進学した。

増量と県総体優勝

当初は順風ではなかった。寮生活に慣れず、高校1年の秋には右肘の靱帯が切れ試合に出られない時期が長く続いた。高校2年の県総体団体戦では相手から逃げるような戦いをし、目標のベスト4を逃した。

監督は「原田は強くないと」と鼓舞し続け、勝つ可能性を高めるため階級を上げるよう勧めた。原田選手は監督の言葉をノートに書き留めて稽古に励み、食事も増やして10キロ増量。性格にも技にも力強さが加わり、主将を任された。6月の県総体個人戦90キロ級では全試合一本勝ちで優勝を飾った。

原田監督との絆

同じ名字の2人は親子に間違われることもある。原田監督は「どこへ行っても『息子さん強いですね』と褒められる。本当の親子やったらよかったんだけど」とほほ笑む。原田選手は「自分を強くしてくれた恩人」と慕う。

インターハイへ

柔道競技は8月6日に和歌山市で始まる。原田選手は普段と同じように、試合前に父の仏壇で「勝ってきます」と誓い、試合に臨むつもりだ。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ