2026年7月29日、山口県光市のスポーツ施設の柔剣道場で、柳井学園高フェンシング部員たちが練習に励んでいた。その様子を真剣なまなざしで見守る山田諠志さん(46)は、同高の非常勤講師だ。フェンシングスクールで指導するため、今年3月に約15年間務めてきた教諭を辞めたが、今も部活にかかわり続けている。
山田さんは同県岩国市由宇町出身。5歳の頃、両親に地元のフェンシング道場に連れて行かれた。室内にあった遊具のトランポリンを「あれやりたい」と指さしたが、両親はフェンシング競技のことと勘違い。予期せぬ形で「フェンシング人生」が始まった。
独学でつかんだ全国3位
「本気でやり始めたのは高校から」と振り返る。進学した熊毛南高で2年の頃、大学生を相手に惨敗。「スピードに戦術、何もかも異次元だ」と痛感した。同高には競技専門の指導者がいなかったため、両親が撮影した全国高校総体の他選手の映像を分析するなどして独学で練習。3年時には全国高校総体で個人3位に輝いた。
立命館大(京都市)では、関東圏の大学との間で、競技に関する情報量や実力の差を感じた。フルーレと自身が専門としたサーブルでは、先に攻撃を仕掛けるなどした選手側にランプがつき「優先権」が与えられる。「関東には海外の最新のルールの情報がすぐに入っていた。同時にランプがついた際、どちらが優勢なのかといった最新のルールを知らなかったので勝てなかった」という。
指導者の重要性を実感し転身
こうした経験から、技術や情報を教える指導者の重要性を実感。卒業後は大阪府で会社員をしていたが、2011年に山口国体が開かれることに合わせ、柳井学園高で教べんを執ることを決意した。通信制の大学で国語の教員免許を取得し、30歳の時に採用された。
独学で練習を積んできた経験があるため、「できない生徒の気持ちが分かる」のが自身の強みとなった。熱心な指導で同高の女子団体を全国優勝に導いたこともある。
山田さんは現在、周南地域初のフェンシングスクール「ALEtus(アレタス)フェンシングスクール周南校」でコーチを務めるほか、自身も選手として現役。全国大会の40歳代の部門で優勝する実力を持ち、「生涯スポーツとしてのフェンシングを多くの人に伝えたい」と語る。



