介護の現場では、入居者の「起きたくない」「着替えたくない」「行きたくない」といった言葉に向き合うことがある。昔のように体が動かず、さまざまなことが面倒に感じるのは自然なことだ。重要なのは、「いやだ」の背後にある本音を知ろうとすることだと、ウェルケアヒルズ馬事公苑(東京都世田谷区)の支配人、栗原寿治氏は指摘する。
「いやだ」の裏にある本当の理由
例えば「食べたくない」という言葉は、単なる好き嫌いと片付けられがちだが、歯の痛みが原因かもしれない。「病院に行きたくない」という入居者は、治療への怖れに加え、老いた体を他人に見られたくないという恥じらいを抱えている可能性がある。
介護の現場では、スタッフのペースで「起きてください」「着替えましょう」と声をかけがちだが、それでは入居者の意思が入る余地がなく、尊厳や自由を損なう恐れがある。「なぜしたくないのか、どうすればやってみようと思えるのか」を一緒に考えることが大切だ。
誤解が解けて深まった信頼
かつて、スタッフによるトイレや入浴の介助を「いいです」と断る入居者がいた。理由を詳しく聞くと、介助に別料金がかかると誤解していたことが分かった。この入居者は10代半ばから必死に働き、親代わりとなって弟や妹を育て上げた人物で、その恩返しにとホームの利用料はきょうだいが支払っていた。弟や妹に負担をかけたくないという愛情が「いやだ」の背景にあった。
誤解が解ける過程で、スタッフと入居者の間で多くの会話が交わされ、互いの信頼が深まった。やがて、入居者は介助を喜んで受け入れるようになったという。
相手の人生を知る楽しさ
入居者の「いやだ」をひもとき、その意思が日々の暮らしに反映されると、その人らしい生活に近づき、本人や家族の安心感につながる。どのような人生を歩み、どのような価値観を大切にしてきたのか。そこに関心を向けることで、スタッフのやりがいや仕事の楽しさも生まれる。
「いやだ」の奥にある思いに丁寧に寄り添うことで、人と人の関係が少しずつ育まれていくのだと、栗原氏は語る。



