大和ハウスプレミストドーム(札幌市豊平区)を運営する第3セクター・株式会社札幌ドームの阿部晃士社長(57)は、昨年6月の就任から1年目で3期ぶりに営業黒字を達成した。前職のJTB時代に国内外で培ったビジネス経験を踏まえ、地元・札幌での社長就任に込めた決意や、ドームを拠点に「ワン北海道」で連携を加速させる戦略について語った。
札幌での生い立ちとJTB時代
阿部社長は札幌市出身で、実家は狸小路商店街で玩具店を営んでいた。「1階がお店で、2階に両親、弟と住んでいました。元日しか休みがなく364日営業。親はよく働いていたと思います」と振り返る。学校から戻ると商品の包装やレジ打ちを手伝い、テレビゲーム機器の新商品はまず自分が使い、お客さんにやり方を説明していたという。
大学時代は経営学部で観光ゼミに所属し、資格を取った上で旅行の添乗員も経験。卒業前には1年間休学し、ワーキングホリデーでオーストラリアの現地ガイドを務めた。
JTBでは最初の4年間、札幌で団体旅行の営業を担当。その後、修学旅行など中学・高校への営業や海外の語学研修旅行のプログラム制作を手がけ、35歳の時に学会運営などの大規模な会議やイベント、現在のMICE関連の担当になった。
北海道で地域創生の事業にも携わり、新規事業で大きな失敗をして多額の赤字を出したこともあったが、2007年に札幌ドームを使ったノルディックスキー世界選手権、翌年の洞爺湖サミットをいずれも担当者として成功させた。この頃から国や自治体、大学関係の仕事も多く引き受けるようになった。
その後、香港とマカオの現地法人社長に就任。新型コロナウイルスの世界的流行で人の流れが止まり、収入が途絶えて現地社員の一部を解雇せざるを得なかったという。その後、オーストラリアで現地法人社長を務め、2022年4月に北海道へ戻った。
社長就任と社内改革
札幌ドームの社長就任は、JTB時代に縁のあった札幌市の町田隆敏副市長(当時)から昨年初めに声をかけられたことがきっかけ。「初めはお断りしましたが、地元に恩返しをしたい気持ちが強く、『今の自分があるのは札幌・北海道の方々にお世話になったからだ』とお引き受けしました」と話す。
就任後は全社員とのワン・オン・ワン・ミーティング(1対1での面談)を導入。JTB時代から徹底していた手法で、「管理職のフィルターを通すと、都合の悪い情報が入ってきません。それによってトップが間違った判断をすると、組織は潰れてしまいます」と説明する。朝礼も復活させ、社員に一人一言ずつ話してもらい、オフィスは座席を固定しないフリーアドレスにし、前日と同じ席に座らないルールにした。
収益性と公益性の両立
昨期は日本ハム移転以来初の営業黒字を達成。「収益事業」と「社会貢献事業」を明確に分け、「全体では赤字は回避して市に還元できる程度の利益を残し、貢献事業でドーム利用者を増やす。ハイブリッドでやらねばなりません」と語る。
昨年は自身が5つのプロジェクトを作ったが、今年は全社員に公募し、50数件のアイデアが集まった。2030年以降に世界規模の理科教育イベントを札幌に誘致する動きも進めている。不登校の子どもたちやシニアの居場所を作り、公共性を担保したい考えだ。
今後の展望について、「ドームから北海道・札幌を元気にします。集まったお客さまを北海道中の各エリアに送り出し、一日でも長く滞在してもらう」とし、北海道の観光・MICEのリーダーシップを発揮したいと述べた。ホテルや施設と連携し、「オール北海道」「ワン北海道」として海外と戦えるネットワークを作る構想だ。
また、開業から25年かけて蓄積した専門的知見を生かし、「稼げる仕組みと稼ぐ意思が大切です」と強調。他の民間企業の資本受け入れや人材交流、第3セクター同士の地域・分野を超えた連携が必要だとし、将来的には3セクのM&A(合併・買収)が進む中でドームがリーダーシップをとっていきたい考えを示した。