熊本地震の震源地から約7キロの熊本県八代市鏡町出身で、ノンフィクション作家の澤宮優さん(62)(横浜市在住)が1日、発災後に初めて帰郷した。日の当たらない場所で懸命に生きる人々を追ってきた作家は、故郷を襲った災厄に何を感じたのか。記者が同行して視線の先を見つめた。
実家の雑貨店、家具倒れ散乱
澤宮さんの実家がある鏡町を車で走ると、震度6強の揺れで屋根が落ちた住宅、鳥居が倒れた神社など、なじみの光景は一変していた。実家はJR鹿児島線有佐駅のそばで大正時代から続く澤宮商店を営む。たばこや菓子、洗剤などを扱う雑貨店だ。
「何もかんも落ちてしもた」。迎えた母親のマツミさん(85)がつぶやいた。澤宮さんが「だいぶ揺れたつかい?」と気遣うと、同居する弟の康行さん(61)は「家の中は、しちゃかちゃたい」と話した。1969年に建てられた鉄筋2階建ての店舗兼住宅に大きな損傷はなかったが、家具が倒れてものが散乱し、盆過ぎまで店を開けられなかった。
祖父と伯父の無念、背負い続け
澤宮商店は祖父の辰次郎さんが創業した。地元の貧しい農家に生まれ、神戸などで菓子作りの修業に励んだ後、駅前に店を構えた。手作りのロールケーキが評判になり、店は繁盛した。だが43年、長男で澤宮さんの伯父にあたる康成さんが、けがのため11歳で他界。戦後になると、スーパーに押されて店は少しずつ衰退した。次男である澤宮さんの父(2008年死去)が店を継いだが、にぎわいは戻らなかった。
澤宮さんは幼い頃から祖父と寝起きを共にし、「お前が康成になってくれ。家を立て直してくれ」と言われながら育った。中学1年の時、祖父は散歩中に近くの踏切で特急にはねられて世を去った。祖父と伯父の“無念”を背負い続け、作家として活躍して2人に応えたいとの思いがある。
猛暑の中、祖父の事故後に踏切にまつられた地蔵と、祖父が建てた先祖代々の墓を巡った。2016年の熊本地震の際には腕が折れたという地蔵は、今回は無傷だった。澤宮家の墓石は倒れていて、どうにもできないまま、「もう少し、辛抱してください」と手を合わせた。
「人生の原点」古墳が崩落
近所の安楽寺も訪ねた。浄土真宗の寺は本堂が壊れ、鐘楼は崩落していた。幼なじみの住職、清谷尚史さん(59)が境内を案内し、「本尊は別の場所に避難させた」「お盆過ぎまで車中泊した」と不条理な被害を淡々と語った。澤宮さんが「自然災害に対して教えではどうとらえているの」と尋ねると、清谷さんは言葉を選びながら「災害でも病気でも、命をもらっている限り、私たちは苦難から逃れられない。仏さまは、受け入れなさい、と言っているのではないでしょうか」と答えた。
店や墓とともに気がかりだったのが、氷川町の古墳だ。一帯をおさめた豪族「火の君」の一族が葬られているとされる。幼い頃、歴史好きの父に連れられて何度も通ううちに魅せられ、将来は考古学者になりたいと夢を膨らませた。言わば「人生の原点」の場所だという。
国史跡「野津古墳群」の前方後円墳「姫ノ城古墳」(全長115メートル)は、後円部の至る所が崩れていた。別の国史跡「大野窟古墳」(同123メートル)は、石室入り口の石が落ちているように見えた。「これはひどい」と澤宮さんはつぶやいた。
大学では考古学を専攻。作家になってからも、遺跡発掘に携わる人々を描いた本を著すなど、考古学関係者との付き合いは深い。



