シベリア抑留中に45歳で亡くなり、仲間を励まし続けた島根県西ノ島町出身の山本幡男さんと、その妻モジミさんをたたえる「松江 山本幡男顕彰会」が、松江市の有志によって設立された。モジミさんは終戦後、松江市の小学校で教員を務めた縁がある。顕彰会は「夫婦の姿を通して、戦争のない社会に向けてできることを考えたい」としている。
収容所で仲間を支え続けた山本幡男さん
山本さんは、満州(現中国東北部)の南満州鉄道調査部で勤め、現地で応召後、ソ連軍に拘束された。収容所では、仲間が生きる希望を失わないように句会を開き、壁新聞を作って精神的な支えになったが、1954年に亡くなった。仲間7人は、ノート15ページ分の山本さんの遺書を手分けして暗記し、帰還後に山本さんの家族へ伝えた。
モジミさんは島根県隠岐の島町出身で、終戦後、子どもらと満州から故郷に引き揚げた。収容所との往復はがきで山本さんから子どもの教育を託され、教員をしながら子どもの進学や一家の生計を担った。1951~53年には松江市立内中原小で勤務し、92年に83歳で死去した。
松江での設立と今後の活動
顕彰会はモジミさんの居住地や勤務先がある松江市城西地区などの有志が7月に設立。設立前には西ノ島町を訪ね、山本さんの顕彰碑や遺書の複製などを見学した。極限状態の収容所でも人間愛や家族愛、平和の大切さを体現した山本さんと、亡き夫の願いをかなえたモジミさんの生きざまをたたえる。
具体的な活動では、山本さんを紹介する紙芝居の製作を進めている。10月に松江市堂形町の城西公民館で開かれる文化祭では、山本さんと西ノ島町を紹介するパネルを展示する。いずれもモジミさんにも触れる予定という。
2か所目の顕彰会、夫妻の遺志を次世代へ
山本さんの顕彰会は、1998年に西ノ島町で結成された「山本幡男を顕彰する会」に続き、2か所目となる。松江市の会長の本間恵美子さん(76)は「シベリア抑留経験者や亡くなられた方々の遺志をつなぎたい。世界情勢はいつ戦争が起きるか分からない状況だが、山本さん夫妻の姿を通して平和を目指すことが一番大事だ」と話す。西ノ島町の会長の岡田昌平さん(84)も「松江でも結成されたのは望外の喜び。皆さんと手と手を携え、一人でも多くの方に山本を知ってほしい」と語った。
山本さんを巡る史実は、作家辺見じゅんさんのノンフィクション「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」(1989年)で知られ、映画「ラーゲリより愛を込めて」(2022年)の原作になった。



