1989年3月7日午前8時半ごろ、徳島県つるぎ町(当時は貞光町)で、当時4歳だった松岡伸矢君が姿を消してから37年。2026年8月21日、茨城県牛久市の母・松岡圭子さん(72)に市役所から電話があり、失踪宣告の手続きにより、42歳になる我が子が戸籍上で「死亡」扱いになったことが伝えられた。
「前に進むためだから、ごめんね」。圭子さんは自宅の部屋に飾られた写真の中で腕を組み、おどける伸矢君にそっと語りかけた。
玄関前で1人になった数十秒の間に姿を消す
伸矢君がいなくなったのは、圭子さんの母の葬儀に出た翌日のこと。夫の正伸さんらと親戚宅の周辺を散歩した帰り道、玄関前で1人になった数十秒の間に姿を消した。親戚宅は山の中腹にあり、周囲にはところどころに住宅が立っているだけだった。警察に通報し、警察犬も出動したが、見つからなかった。
その後も毎日、周辺の納屋や土管のなか、山頂や川辺も捜した。しかし、親戚たちも残り続けてくれていることが申し訳なくなり、3月16日に茨城へ帰ることにした。飛行機のタラップを上りながら、我が子を残していく無念さに泣いた。
家族の申請で家庭裁判所が失踪宣告
正伸さんは情報提供を呼びかけていたが、がんで亡くなった。圭子さんの自宅には、行方不明になった長男の伸矢君や、がんで亡くなった夫の正伸さんの写真が飾られている。
家族の申請を受けて、家庭裁判所は2026年7月に失踪宣告を出した。約600キロ離れた徳島県つるぎ町での出来事から37年。圭子さんは「死亡日」を記入する際、震える手で書類に向き合ったという。



