徳島・牟岐町の慰霊踊り、コロナ禍経て再開後はホール開催 暑さ対策で
徳島・牟岐町の慰霊踊り、再開後はホール開催 暑さ対策で

徳島県牟岐町で、約200年の歴史があるとされる盆の行事「慰霊踊り」が8月13日、町中心部の公共施設のホールで催された。コロナ禍による中断を経て2024年に再開されたが、暑さや雨天への対応から、今年は空調や音響設備を備えた500席のホールが会場となった。

再開後の試行錯誤と会場変更の経緯

「牟岐慰霊踊りの会」会長の和西強次さん(63)は「一昨年と昨年の経験から、今年は全天候型です」と話す。2024年は小学校跡地のグラウンドで開催されたが、夕方の西日が厳しく、2025年は雨天のため体育館に変更したものの、エアコンはなかったという。「暑いし、昨年は雨もあって蒸すしで、汗だくだった」と振り返り、参加者の体調への悪影響を考慮して、今年は公共施設での開催に踏み切った。

伝統の牟岐音頭と慰霊踊りの形

慰霊踊りは、太棹三味線や拍子木の演奏、浄瑠璃の演目に節をつけた語りで構成される町指定無形民俗文化財「牟岐音頭」に合わせて披露される。「辻踊り」とも呼ばれ、かつては初盆の供養のために町内各地で数日にわたって催された。

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演奏を担う「牟岐音頭保存会」のメンバー、松原晋さん(82)は、営む電器店の前の交差点がかつて踊りの場だったと振り返り、「奇抜な格好やほおかむりなどで踊る人もいた。初盆の人に請われて、家の前で踊ったこともある」と話す。従来は三味線奏者らが乗る櫓を組み、盆提灯をかけていたが、ホールでは櫓は設けられず、舞台の上でLED照明の提灯をつるした。和西さんは「風情がないという声が出るかもしれないが、皆の声を聞き、臨機応変にやっていきたい」と先を見据える。

住民の思いと保存への取り組み

午後7時頃、盆提灯を手にした住民らでホールはにぎわい始めた。踊りを務める「牟岐民踊クラブ」の代表・池田千晶さん(76)が「演奏の間にサッサーという合いの手が入る。故人に届くように大きな声を出して」と呼びかけると、踊りが始まった。一文字笠から垂らした布で顔を覆った浴衣姿の踊り手8人に誘われるように、会場に集まった住民ら約90人の多くが席を立ち、ゆっくりと体と手を動かした。

三味線奏者の笹田紀久美さん(49)は保存会に参加した理由を「三味線を弾いたり唄ったりする人が少なくなったと聞き、踊りを残すためにも牟岐音頭の曲を弾けるようになりたかった」と話す。かつての演奏の録音や師匠の指の動きを録画した動画で練習を重ねてきた。奏者の育成は今も課題で、町はプロの三味線奏者に依頼して譜面を作るなど保存に力を入れる。

町出身で神戸市から帰省した杉本美穂さん(59)は、4月に亡くなった父親の名を記した盆提灯を手に会場を訪れた。父親は牟岐音頭の語り手を長年務め、杉本さんは準備を手伝っていたという。舞台を見つめ、「父が慰霊踊りの歴史の一部になっていることがうれしい」と語った。

午後9時近くになって踊りは終わり、故人の思い出を語り合った住民らは会場を後にした。踊りの形は変わっても、故人への思いは世代を超えて紡がれる。

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