2005年4月に兵庫県尼崎市で起きたJR宝塚線(福知山線)脱線事故で妻と妹を亡くし、遺族らでつくる「4・25ネットワーク」の世話人を務めた浅野弥三一(やさかず)さんが13日、心不全のため死去した。84歳だった。葬儀は近親者で営み、喪主は長女の吉成充智(みち)さんが務めた。
都市計画コンサルタントとして震災復興にも携わる
浅野さんは宝塚市出身で、都市計画コンサルタントとして阪神・淡路大震災後の復興まちづくりなどに携わった。脱線事故後は、ほかの遺族や負傷者とともに情報交換の場として「4・25ネット」を結成。2007年には、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)が開いた意見聴取会で公述人を務めた。
JR西日本との異例の共同検証に尽力
JR西日本に対しては、事故原因を共同で検証するよう申し入れ、「課題検討会」の立ち上げにつなげた。被害者と加害企業が同じテーブルで話し合う異例の取り組みで、2011年に報告書を公表した。その後、大学教授らを加えた「安全フォローアップ会議」が発足。メンバーとして、安全管理体制や企業風土の問題について議論を交わし、2014年に公表した報告書で、事故の背景にJR西日本の組織的問題があったことを指摘した。
近年も台湾の脱線事故遺族と交流
2021年に台湾で発生した脱線事故の遺族とも交流。自ら現地を訪れ、経験を踏まえて遺族らに助言するなど、近年も鉄道の安全の実現をめざして活動していた。