2018年7月の西日本豪雨後、倉敷市真備町の市立薗小学校で再開された2学期、児童たちに強い雨で泣き出したり、濁流の絵を描いたりする行動が見られ始めた。水にのまれたり、屋根で救助を待つ状況を「災害ごっこ」で再現する子もいた。
当時教頭だった木谷秀史氏(現市立帯江小校長)は「来たか」と受け止めた。目に見えない心の傷やトラウマが自然に表出する現象だと考えた。被災後から支援を続けていた兵庫県教育委員会の震災・学校支援チーム「EARTH(アース)」の教職員からそう教わっていたからだ。
寄り添う対策
対策は寄り添うことだった。子どもの話を「うんうん」と聴き、災害ごっこも無理に止めない。教職員らと実践し、ストレスを吐き出させた。
アースからは「集団生活は心を癒やすエネルギーになる」と何度も説かれた。学校を早く再開する利点であり、「アースは、その手助けを目的としている組織なんです」と話す。木谷氏には、それがはっきりと理解できる気がした。
薗小に来たアースの一人に、兵庫県宍粟市の養護教諭、和田みのりさんがいる。東日本大震災や10年前の熊本地震でも派遣経験があった。どこの支援先でも、まず考えるのは教職員らの心のケアだという。「先生たちは『子どものために』と自分のことを後回しにしてしまうから。十分頑張っているのに『まだやらなきゃ』と」。薗小では家庭訪問に付き添うなどして教職員らの負担軽減に努めた。
原点は阪神大震災
兵庫へ一度戻った後、8月末に再び来訪。心のケアについて講師を務めた研修では、終了後に教職員がずらっと質問の列を作った。和田さんは最後の一人まで対応した。
寄り添うための労を惜しまない和田さんの信念の原点には、「ボランティア元年」と呼ばれた1995年1月の阪神大震災がある。当時教師4年目で、被災地の神戸市へ駆け付け、小学校で避難所運営を手伝った。学校現場の支えになりたかったが、支援する側もされる側も混乱し、教職員と避難者の区別もつかなかった。2000年に設立されたアースに加わったのは、「そんなもどかしさが消えなかったから」だという。
アースは現在約250人。トレードマークの黒いベストで国内外を問わず被災地へ駆け付ける。震災時の教育現場を知るメンバーは減ったが、教訓を語り継いでいる。派遣先での経験も共有し、支援策のアップデートに余念がない。
かつて自らが応援した地で「災害時学校支援チームおかやま」が誕生したことが、和田さんはうれしい。「日本中にチームができて助け合い、交流が出来るようになれば」と話す。
道しるべとして
薗小教頭だった木谷氏はかつて、心のケアに意識を向けたことがなかった。以前の勤務校で東日本大震災の被災地から一時避難の児童を受け入れたこともあるが、「災害に対して、どこか人ごとだった」という。
チームおかやまに加入した今、有事に教育現場を支える「道しるべ」になりたいと思う。アースが、自分たちにそうしてくれたように。そんな同じ志を持つ仲間たちが今、増えている。



