二重被災の間垣の里で2年ぶり稲刈り、住民ゼロの集落を「とく」と「わきお」が支える
二重被災の間垣の里で2年ぶり稲刈り、2人が復興牽引

日本海に迫る切り立った山々の間にある石川県輪島市上大沢町。能登半島地震と奥能登豪雨で二重被災し、住民がいなくなった集落に9月上旬、2年ぶりに稲を刈るコンバインの音が響いた。

作業するのは、中村和規夫さん(69)と徳光幸雄さん(66)。ここで生まれ育った2人は仮設住宅から集落に通い、稲を育ててきた。

「とく」と「わきお」、助け合いの絆

互いを「とく」「わきお」と呼び合う間柄。「同じとこにおって、昔から助け合ってきた。そうしないと何事もやっていけない」。そう中村さんは言う。

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作付けできたのは、集落の水田約6ヘクタールのうち応急復旧した約1ヘクタール。でこぼこで水が均一に行き渡らなかったのか、もみのつきが悪く、収量は例年の半分ほどだった。

それでも中村さんの表情は暗くない。「収穫までこぎつけた。来年はもっと良くなる。前向きに考えないと」

地震と豪雨、二重の被害

集落は、冬の強風から家を守る竹製の「間垣」に囲まれ、その町並みは、国の重要文化的景観に選ばれている。住民約20世帯40人は全員が顔見知りで、半農半漁の暮らしを送っていた。

だが、2024年元日の地震で住宅はすべて全半壊。停電と断水したうえ、集落につながる海側と山側の県道が寸断され、住民らは2週間孤立。ヘリコプターで避難した。

その春、2人は無人になった集落に通い、米づくりを再開した。だが、今度は9月21日に豪雨が襲う。川からあふれた濁流が水田をのみこんだ。

中村さんは、輪島市内の仮設住宅から歩いて山越えをし、様子を見に訪れた。田が流木で埋まり、収穫したもみを入れた袋のほとんどが水につかっているのを目の当たりにして、涙が止まらなかった。

徳光さんは、金沢市にあるみなし仮設住宅のアパートから駆けつけた。「先が見えかけていたのに。地震の被害より、よほどひどく感じた」と振り返る。

再びの停電と断水、それでもあきらめない

集落では、川沿いにあった間垣のおよそ4割が流された。復旧した電気と水道も使えなくなり、集落に向かう2本の県道は再び壊れ、歩きでしか中に入れなくなった。

結局、住宅や納屋など約60棟のうち、8割近くが公費解体されることに。それでも、住民は再建をあきらめなかった。

24年10月中旬、輪島市内…この記事は有料記事です。残り970文字

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