ドキュメンタリー「美しく、黙りなさい」半世紀前のインタビューが映し出すジェンダー格差 7月24日日本劇場初公開
ドキュメンタリー「美しく、黙りなさい」半世紀前のインタビューが映し出すジェンダー格差 7月24日初公開

デルフィーヌ・セリッグが監督した唯一の長編ドキュメンタリー「美しく、黙りなさい」(原題Sois belle et tais-toi !)が、7月24日から日本劇場初公開された。1975年にハリウッド、1976年にパリで撮影されたこの作品は、伝説的女優でフェミニズム運動家でもあったセリッグが、キャロル・ロッソプロスとともにビデオカメラを手に、当時新しいメディアであったビデオで23人の女優にインタビューしたものだ。セリッグは「去年マリエンバートで」(1961年、アラン・レネ監督)や「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」(1975年、シャンタル・アケルマン監督)などに主演。フランスにおけるビデオアートの先駆者であるロッソプロスとともに、1970年代のフェミニズム運動のただなかに飛び込んでいった人物でもある。

23人の女優が語る映画界のジェンダー差別

インタビュアーを務めるセリッグが用意した質問は、「もしあなたが男性だったとしても、この職業を選びましたか」「他の女優と友好的な場面を演じたことがありますか」の二つ。この問いかけを呼び水に、ジェーン・フォンダ、エレン・バースティン、アンヌ・ヴィアゼムスキー、マリア・シュナイダーら著名な女優からそうでない人まで、23人が自分たちの体験や思いを率直に語る。

映画が進むにつれて、彼女たちの多くが男性中心に回ってきた映画界で理不尽を感じてきたことが明らかになる。なぜ選択権を握っているのがみな男性なのか。なぜ監督と話し合おうとしても無視されるのか。なぜ男性同士の絆は描かれても、女性同士のそれは描かれないのか。なぜ女性は役の幅が限定されがちなのか。男優は年を取ってもキャリアを維持できるのに、なぜ女優には難しいのか。熟年の男と若い女の恋は描かれても、その逆はあり得ないのか——。言葉は束になって、著しくジェンダーバランスを欠いたいびつな状況の全体像を浮かび上がらせていく。

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半世紀前の証言が今も色あせず

「映画に女性が登場する時は、脅威のない若い女や頭が悪い女、性的対象としての女。(ハリウッドは)女性嫌悪的」(ローズ・ド・グレゴリオ)、「男性優位とはオープンな同性愛の表れかも。近頃の映画は、ほぼすべて2人の男の話。ニューマンとレッドフォード、マックィーンとニューマン、レッドフォードとマックィーン……」とヴィヴァ。パティ・ダーバンヴィルは「男同士は友情を演じるのに、女同士は競争心があって、ただ“女性であること”を競う役ばかり。現実とは全然違う」と指摘する。

ジェーン・フォンダは「(女性同士の友情を描いた『ジュリア』の現場で)ある日、はっきりと気づいた。女同士の前向きな関係を演じるのは初めてだと」「男性も男らしさのステレオタイプの犠牲者。強くあらねばならないとかね。男性が自信を持ち、自分に確信があれば、女同士が愛し合っても気にならない」「私たちの国では、男性が充実し、自分に満足し、自信があることがめったになくて、(だから)複雑で知的で強い女たちが親しい関係にあることに脅威を感じる」と語る。

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変わるもの変わらぬもの

当時と今とではずいぶん変わったような気もするが、まだまだ変わっていないことは余りにも多い。そう感じる人は、女優でなくとも、女性でなくとも、少なくないだろう。なぜなら、この映画に描かれる「男」と「女」の構図は、私たちが生きる世界の「持てる者」と「持たざる者」のそれとダブるからだ。力を握った者たちが、利権や保身のために、他者を利用するだけしてカヤの外に置く。カヤの外に置かれた者たちが連帯すれば脅威になり得るから、分断して力をそぐ。そして、それが当たり前だと思わせようとする。

本作の女優たちは、不満を言い募るだけではない。彼女たちは、率直に語り、飾らぬ言葉で伝える。自分たちの世界をちゃんと見つめ、考えを巡らせていることを。創造的であるために、人として誇りを持つために試行錯誤、努力と実践を重ねてきたことを。この映画は、カメラの前にいる女優たちの知性、矜持、リスクも恐れず語る勇気を焼き付けている。撮る側と取られる側の真の協働とはどんなものかを、ありありと見せる。

フォンダやバースティンといった輝ける道をひらいたスターたちの発言はもちろん、それ以外の一人ひとりの発言、たたずまいも心に残る。1960年代からカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で映画人育成にも携わったデリア・サルヴィが語る教育の重要性、かつてはメイド役で知られたアフリカ系アメリカ人のメイディ・ノーマンの「問題は描かれ方。人間として描かれるか、食器の延長か」という言葉。見るほど、聞くほどに視界が開けてくる。この映画は、絶望を回避するための道を探す勇気をもう一度、観客の胸にともす。

上映素材はフランスで2023年に公開された修復版。白黒映像は古色を帯びているが、内容はまったく古びていない。今聞いてもひとごととは思えない何かが、そこにある。