ウクライナ避難の母、長男は中学生に 望郷の思い募らせ「いつか帰りたい」
ウクライナ避難の母、長男は中学生に 望郷の思い募らせ

ロシアによるウクライナ侵略を受け、福井県内では現在、2世帯6人のウクライナ人が避難生活を送っている。ビクトリア・モルチャノバさん(37)は長男らとともに2022年4月に日本へ逃れてきた。先行きが見通せないまま時は過ぎ、長男は中学生になり、自身も次男を出産した。それでも、いつか戦争が終わればウクライナへ戻りたい――。望郷の思いは募る。

突然の攻撃、地下室での2週間

2022年2月24日にロシアによる侵略が始まるまで、モルチャノバさんはウクライナ北東部スムイ州で暮らしていた。侵略開始前、福井市で暮らす姉(41)から「戦争が始まるかもしれない」と伝えられたが、「今の時代、戦争なんて起きるわけがない」と信じなかったという。

だが、突如としてロシア軍による攻撃が始まり、2週間に及ぶ地下室での避難生活を余儀なくされた。その後、長男や夫の母らとともに国外へ脱出し、姉の住む福井市へと身を寄せた。

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「戦争が終われば」の思い

県から提供を受けた県職員住宅で暮らし始め、2023年4月には夫(36)も合流。福井市内のラベル製造会社で共に勤務するようになった。

日本へ来た当初は「一日でも早く帰りたい」という思いが強かった。しかし、激化する戦場の様子や命を落とす人たちのニュースに日々接するうちに、「戦争が終わるまで、子どもたちを連れて帰ることはできない」と考えるようになった。

さらに、来日して約3年半がたった昨年9月には、次男のイェゴルちゃん(1)が生まれた。今秋から保育園に入園し、モルチャノバさんは10月から育児休業を終えて職場に復帰する。

長男は「日本に残りたい」

「もし戦争が終わったら、家族で一緒にウクライナに帰る」。その思いは変わらないが、終結の兆しが見えない。一方、長男のブラディスラフ君(13)は「日本にこのまま残りたい」と話しているという。

来日時、小学3年だったブラディスラフ君は、日本語の授業内容が理解できず、食事もほとんど口に合わなかった。だが、次第に日本での生活に慣れ、日本語も上達した。友達も増え、今春からは中学校に通う。日本語で授業を受け、部活動でバスケットボールに打ち込んでいる。

友達からは「ブラドゥ」と愛称で呼ばれ、仮住まいの家に招いて遊ぶこともしばしばだ。「学校が楽しい、大好き」と、すっかり福井の暮らしになじんでいる。

故郷に残る家族への思い

子どもの成長と順応に心を強くする一方で、故郷に残っている親族や友人たちを案じる気持ちにも変わりはない。モルチャノバさんは「いつかは帰りたい」と話す。「自分の家や畑を守る」と今もウクライナに残る父親(65)に、孫のイェゴルちゃんを会わせてあげたいと思う。

今後の避難生活について尋ねると、モルチャノバさんは「先が見えず、何も分からない」とだけ答えた。それぞれの思いを抱えながら、一家の避難生活は続く。

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