全日本選抜体重別選手権で遠藤選手のカニばさみの技を受ける=1980年5月(山下さん提供)
五輪に出る夢を追い、柔道をやってきました。私は人一倍、思いが強かったのだと思います。その夢が、1980年モスクワ五輪のボイコット決定で崩れてしまった。それは私にとって、思い出すのもつらい、大事な人を亡くしたような体験なのです。
ボイコット決定直後の試合
米国の唱道に応じた50か国近くを含む67か国がモスクワ五輪不参加を決めた。皮肉なことに、日本オリンピック委員会による不参加決定を知った直後、五輪代表選考を兼ねた全日本選抜体重別選手権が開かれました。ぶざまな試合をしてあれは何だとだけは思われたくない。対戦では自暴自棄にならないため、もう野獣みたいに、我を忘れるぐらいに声を出した。一回泣いた気持ちを、奮い立たせるようにうわーっと。精いっぱいでしたね、あれが。それ以外にはもう戦う心、気持ちを保てなかったのです。
カニばさみで骨折
選手権は4人のリーグ戦。2人に勝ち、第3試合は2敗で後のない遠藤純男さんと対戦しました。あの時平常心だったら、受け流すこともできたかもしれない。冷静さを欠いていたことは間違いないです。だから遠藤さんがかけてきた捨て身の「カニばさみ」の技が見えなかった。倒されまいと踏ん張った時、ポキポキッと2度、大きな音がした。2階の観客席にまで聞こえたそうです。最初は何が起きたのか理解できず、その後カニばさみだということが分かった。足が折れたと思いました。



