北海道芽室町は、ゲートボール発祥の地として知られる。町のカントリーサインにもスティックとボール、ゲートが描かれ、芽室公園には「発祥の地」の記念碑が設置されている。
戦後、子どもたちのために考案
町の百年史や記念誌によると、ゲートボールは1947年、町内で製パン業を営んでいた鈴木栄治氏(後に和伸に改名)が、戦後の混乱期に子どもたちに手軽にできる健全な遊びを提供したいと考案した。英国発祥のクロッケーを参考にしたとされる。
5人ずつのチームで対戦し、20メートル×15メートルのコートで交互にスティックでボールを打ち、ゲートを通過させるなどして得点を競う。チームが有利になるようにボールを配置する戦略性も求められる。1964年の東京五輪を経て「国民皆スポーツ」の機運が高まる中、高齢者の健康作りなどとして全国に広まった。
発祥の地確定の経緯
芽室町が発祥の地と確定したのは、鈴木氏が死去した翌年の1984年。当時関東に住んでいた鈴木氏の妻が、町内に屋内ゲートボール場が完成したことを知って町長に手紙を書き、亡き夫が芽室で考案したと伝えた。これが決め手となり、複数の説があった発祥の地を巡る論争に終止符が打たれた。
1986年7月、町ゲートボール協会などが記念碑を設置し、翌年から「発祥の地杯」全国大会が開催されるようになった。1996年には3面の屋内ゲートボールコートを備えた「町健康プラザ」が完成。ロビーには鈴木氏の胸像も設置されている。
現状と展望
町ゲートボール協会の吉田正博会長(77)は週6日のペースでプレーしており、「老若男女の区別なく楽しめる。頭を使うし、仲間とコミュニケーションもとれるので、認知症予防にもなる」と話す。
一方、日本ゲートボール連合(JGU、東京)によると、国内の登録会員は今年3月時点で約2万7000人(うち道内約700人)。50万人台だった1990年代から大幅に減少しており、趣味やスポーツの多様化が要因という。
JGUの今川啓一専務理事は、ゲートボールが世界約50の国と地域で普及している点を挙げ、「シニアからジュニアまで一体となって楽しめるスポーツはそうない。芽室町民はもっと世界に発信してほしい」と期待する。
来年は鈴木氏がゲートボールを考案してから80年の節目を迎える。プレー歴6年目の町教育委員会生涯学習課の生出将夢さん(25)は「チームプレーの面白さにはまった。競技人口が少しでも増えていけばいい」と語った。
記念碑と資料館の案内
ゲートボール発祥の地の記念碑が設置されている芽室公園は国道38号沿いにあり、JR芽室駅から徒歩約15分。町健康プラザ(西3南6)には、年表や大会のポスターなどを集めた資料館があり、受付で申し込めば自由に見学できる。問い合わせは同プラザ(0155・62・9966)へ。



