元ICC勤務の弁護士が語る意義 戦争犯罪の個人裁く法廷の今
元ICC勤務の弁護士が語る意義 戦争犯罪の個人裁く法廷の今

オランダ・ハーグに本部を置き、戦争犯罪などを犯した個人を裁く国際刑事裁判所(ICC)。米国のトランプ政権が圧力を強め、所長の赤根智子氏に制裁を科したことや、今年のノーベル平和賞にICC元判事が選ばれたことで注目を集めている。半年間ほどICCに勤務した経験がある平林佳江子弁護士(大阪弁護士会)は、講演会やセミナーなどを通じてICCの役割の重要性を発信している。

弁護士を志したきっかけと留学

国際的な仕事に携わりたいと思い、弁護士を志した平林弁護士。大阪市の法律事務所に勤務し、日本で暮らす外国人の離婚・相続などの家事事件や刑事事件などを担当した。その後、長年の夢だった長期留学を諦めきれず、2021年から米国とオランダに計3年間留学した。

留学中はロースクールで国際人権法などを学び、様々な国籍の学生と議論した。22年2月にロシアがウクライナに侵略した際には、緊急授業が行われ意見を交わした。「まさに生きた授業と感じましたね」と振り返る。

ロシアの行為が国際法違反かどうかという議論の中で学んだのは、ロシアが突如攻撃を始めたという「点」で物事を捉えるのではなく、ロシアとウクライナの長い歴史を「線」として考える視点をもつことの大切さだ。

ICCでの勤務と被害者賠償への関わり

武力紛争下の子供が教育を受ける権利を調べる中で、ICCが法律などの専門知識を持つ「客員専門家」を募集していると知り、応募を決意。試験や面接を経て23年11月に採用され、裁判部に配属された。

裁判部では、被害者への賠償命令を起案する裁判官をサポートする業務についた。ICCは21年、ウガンダ内戦で活動した武装組織の元幹部に対し、禁錮25年の有罪判決を言い渡した。所属チームの仕事は、判決をもとに武装組織の襲撃を受けた被害者への賠償を命じる文書を作ることだ。元幹部に資力がなくても、国家などからの拠出金でつくる「被害者信託基金」を活用し、賠償命令に基づいて戦争犯罪の被害者への賠償が実現する。

目の前で親を殺された子供、武装組織に誘拐され入隊の儀式として殺人を強要された少年――。悲惨な証言を読み込んだ。当時4歳の息子がいたため、「もし自分の子供がこんな目に遭ったら」と考えずにはいられなかった。一生拭えぬトラウマを負ったであろう子供たちの心情を思うと落ち込みましたが、同僚たちの「国際正義を実現する」という熱意が仕事の原動力になった。

忘れてはならないのが、この元幹部も子供の頃に誘拐されて少年兵になった被害者でもあるという点だ。「負の連鎖」を招く戦争こそ許されず、繰り返してはならないと実感した。

そして、ICCは24年2月、元幹部に対し、戦争被害に遭った約5万人に計約85億円を賠償するように命令を出した。この命令をもとに、基金から補償金や心のケアのプログラムなどが提供されることになった。

帰国後の活動と今後の展望

当初は命令書の内容がどのように実行されるのか分からなかったが、実際に被害者に還元される過程を知り、ICCの存在意義を確かめることができた。24年7月に帰国した後は、大阪で弁護士業務を続けている。

トランプ政権はICCの裁判官らを制裁対象に指定し、今年8月には赤根所長も対象になった。赤根所長とはICC在籍時から関わりがあり、LINEで「それぞれの立場でできることをして、日本からICCを支援してもらえるのは心強い」とのメッセージが届いた。

制裁後もICCは組織として揺らぐことなく、法と証拠に基づき、粛々と審理を続けている。熱意ある裁判官と職員がいる限り、「逆風」に屈することはないだろう。

今年のノーベル平和賞は、ICC元判事のナバネセム・ピレイ氏に授賞が決まった。面識はないが、法の支配が揺らぐ国際社会へのメッセージとして、この時期を考慮した素晴らしい人選だと語る。

10月には国際業務をテーマとした日本弁護士連合会のセミナーで、ICCでの経験を司法修習生や法科大学院生らに伝えた。今後もできることを地道に続け、ICCに関心を持つ若者が一人でも増えてほしいと話す。