ロシア下院選は20日、与党「統一ロシア」の圧勝で幕を閉じた。反戦票を集めつつあった政党ヤブロコが比例選から排除されたことも、その一因とみられる。党副代表で、ロシア軍に関する偽情報を流したとして選挙前に拘束されたマクシム・クルグロフ氏(39)の妻オルガ・ブラソバさん(40)が、亡命先のロンドンから産経新聞の取材に応じ、プーチン政権に引き離された家族の現状を語った。
20年前の「自由」と変わりゆく政治環境
マクシム氏が拘束されたのは昨年10月1日。今年8月31日に下された控訴審判決によれば、2022年4月、ロシア軍に関する偽情報をSNSに投稿したとされている。偽情報とされたのは、ロシア軍がウクライナの民間人を殺害したとする情報と、その犠牲者数で、いずれも国連が発表したものだ。
オルガさんは「今のロシアでは何でも起きる」と話す。「今の」と付けたのは、昔は違ったからだ。20年前、マクシム氏とヤブロコの青年部で出会ったころは第1次プーチン政権下。政党はまだ比較的自由に活動し、大統領選でも現職批判が繰り広げられていた。2人は大学卒業後も党に籍を置き、より人権の守られるロシアを夢見て支持者集めに奔走した。
だが、政治的な環境は逆に悪化していった。夫妻に待望の一人娘が生まれた14年、第2次政権を発足させていたプーチン大統領はウクライナ南部クリミア半島の併合を一方的に宣言する。一部の人気を集めていた反政府活動家ナワリヌイ氏は18年の大統領選で出馬を認められず、20年には毒殺されかけた。そして22年2月、ウクライナへの全面侵攻が始まり、反戦活動家の拘束が続くようになった。
娘が残したケーキの一切れ
党副代表になっていたマクシム氏は23年1月、妻子を英国に逃した。オルガさんは友人との別離を嫌がる一人娘にいつか戻れる日が来ると言い聞かせ、こう諭した。「今のロシアは危険でいられない。だからこそパパは、みんながいつでも自由に戻れるロシアを作ろうとしているのよ」
平和で、自由で、幸せで、どこにも行けて、いつでも戻れる国。それはオルガさんが夫と青年時代から思い描いた、見果てぬロシアだ。オルガさんは英キングス・カレッジ・ロンドンで、客員研究員として強権政治を研究する一方で最近、夫も含めた政治犯の釈放を求める活動を立ち上げた。
自分が一人ではないと知ったのは今年の8月28日、娘のマリアさんの12歳の誕生日のことだ。マリアさんは7人の女友達を呼び、大きなケーキを切り分け、やがて口論になった。最後に残った一切れを、自分も含めて誰にも食べさせなかったからだ。マリアさんは言った。「パパが帰ってきたときの分だから」ケーキは今も冷凍庫で父の帰りを待っている。
政治犯2000人超、収容中
ロシアで拘束されている政治犯の数は近年、増え続けており、人権団体から釈放や施設の収容環境の改善を求める声が高まっている。ロシア人権団体OVDインフォによると、刑事訴追された政治犯の数は2021年の530人から、ロシアがウクライナに全面侵攻を始めた22年には869人に増加した。現在、刑事訴追されている政治犯は5044人。うち2188人が刑務所をはじめとする施設に収容中だ。
訴追理由のトップは過激派団体の活動に関する規定違反で、OVDインフォは「表現の自由や政治結社の自由が侵害されている」としている。一方、政治犯の12年以降の有罪率は9割超で、無罪を勝ち取ることは難しい。オルガさんは「政治犯の人権改善へ残された道が釈放だ」と主張する。
実績はある。ロシアの隣国ベラルーシは今月16日、米国が経済制裁を一部解除するのと引き換えに政治犯25人を釈放した。24年には欧米とロシア、ベラルーシ間で拘束していた政治犯ら計24人の身柄を交換している。オルガさんは「日本や欧米による圧力や交渉はロシアが政治犯の釈放を決断するために有効だ」と指摘している。



