内戦のミャンマーで生まれた難病の赤ちゃん、日本で手術受け家族5人帰国
内戦のミャンマーで生まれた難病の赤ちゃん、日本で手術受け帰国

「家族5人、そろってミャンマーに帰ってこられるなんてなあ」。今年7月、犬井智朗さん(33)は感慨深そうに言った。視線の先には、うれしそうにおやつを食べる幼い息子がいる。こんな何げない家族の日常を1年前には想像できなかった。

シャン州の病院で誕生、緊急搬送

2025年6月27日、その子は北東部シャン州の病院で生まれた。だが酸素飽和度が低く、心肺機能に異常があった。2日後、救急車で14時間かけて最大都市ヤンゴンの病院へ搬送。診断結果は心室につながる二つの血管が逆に接続する先天性心疾患「完全大血管転位症」だった。応急処置の最中にけいれんを起こすなど、命が危険な状態が続いた。

苦しむ人を支えたいとミャンマーで起業

社会起業家の犬井さんは大学生の時、日本でミャンマー難民と出会ったのをきっかけに支援活動に関わり、17年にミャンマーへ移住した。だが国内は21年の国軍のクーデター以降、国軍と武装勢力の衝突が激化。国連によると、今年も子ども490万人を含む1620万人が人道支援を必要とするなど困窮を深める。

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貧困に苦しむ人たちに働く機会を与え、自立を支えたい――。22年からシャン州の農村で肥料を製造販売する会社を立ち上げた。農業の知識はなかったが、現地従業員らと肥料を開発。今では数百人を雇う。25年には地震が起き、従業員の自宅が倒壊する被害が出たが、支援を欠かさなかった。

日本での手術を決意

ミャンマー人の妻オウンミンさん(29)との間に2人の子宝に恵まれた。3人目の子も健康を疑わなかった。軍事政権や紛争が長く続き、経済発展が遅れたミャンマーは医療体制も不十分だ。小児科医はいるが、難易度の高い新生児の心臓手術ができる医師はおらず、日本での手術が必要になった。

ところが、民間航空会社から輸送を断られるなど、困難が続いた。それでも犬井さんが信じた仲間たちの支援を受け、赤ちゃんは日本で手術を受け、無事に回復。今年7月、家族5人そろってミャンマーに帰国した。

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