サッカーワールドカップ(W杯)北中米大会が佳境を迎える中、政治の介入が大会に暗い影を落としている。戦時下の本国を離れ、紛争相手国で試合に臨んだイラン代表。その姿を、イラン系米国人で元イラン代表監督のアフシン・ゴトビ氏は複雑な思いで見つめている。スポーツは政治から逃れられないのか――。ゴトビ氏がイラン代表の苦悩と現実を語った。
戦争とデモに揺れるイラン、ゴトビ氏の悲痛な思い
――今年のイランは物価高騰を契機とする反体制デモに始まり、米国・イスラエルとの戦闘へと発展しました。イラン系米国人として、複雑な思いで事態を見てきたのでは?
「とても悲しいです。イランの人々は何か間違ったことをしたのでしょうか。人々はいま、空爆に遭い、いつまた始まるかという恐怖の中にいます。経済は厳しく、未来がどうなるかわかりません」とゴトビ氏は語る。「私は、戦争が問題を解決できるとは決して信じません。私たちは人間として、爆撃などし合うことなく、腰を落ち着けて問題を解決できるはずです。平和的な結論に至ることを願っています」
異例のW杯:紛争当事国が開催、参加する大会
――紛争の当事国が開催し、参加するという異例のW杯でした。事前にイラン代表チームの戦いをどう予想していましたか?
「厳しい状況だと思っていました。まず、試合が行われるのがロサンゼルスだったことです(初戦の対ニュージーランドと、2戦目の対ベルギー)。イラン国外で最もイラン系住民が多い都市の一つで、イランの現体制に反対する人が多くいます」とゴトビ氏は指摘する。「さらに、戦闘が続いた影響で選手たちは十分な準備ができていませんでした。国内リーグも中断しました。加えて、(米国滞在を最小限にするため)メキシコで合宿し、試合のたびに国境を越えなくてはなりませんでした」
米国による厳しい移動制限、スタッフも入国拒否
――米国国土安全保障省は、イラン代表に入国を認めたものの、「安全の確保のため」として、1、2試合目は前日に入国し、試合当日のうちに出国するという厳しい移動ルールを課しました。ビザ発給が認められず入国できなかったスタッフもいました。
「移動の面でも、精神的にも非常に難しい状況でした。選手たちは試合に集中したかったでしょうが、政治的な制約がそれを許しませんでした」とゴトビ氏は振り返る。イラン代表は初戦でニュージーランドと対戦し、1-1で引き分けたが、その後ベルギーに0-2で敗れた。政治的緊張がチームのパフォーマンスに影響を与えたことは明らかだ。
スポーツと政治の不可分な関係
ゴトビ氏は、スポーツが政治から逃れられない現実を痛感している。「W杯のような大舞台は、しばしば政治的なメッセージの発信源となります。選手たちは無意識のうちに国家の象徴となり、彼らの一挙手一投足が政治的な解釈を受けます。これは避けられないことです」と語る。
実際、今回のW杯ではイラン戦の際、反体制派が「獅子と太陽」の旗を掲げるなど、スタンドでも政治的な対立が表面化した。ファンの間でも、サッカーの「政治化」に対する複雑な思いが広がっている。
「代理戦争」の舞台と化すW杯
政治学者の間では、W杯が「代理戦争」の舞台になりつつあるとの指摘がある。国家間の対立がサッカーのピッチ上で具現化され、政治家にとっては「もろ刃の剣」となる。ゴトビ氏は「政治的な介入は選手たちの精神的な負担を増大させ、スポーツの純粋な楽しみを奪います。しかし、同時にスポーツは対話の場を提供する可能性も秘めています」と強調する。
イラン代表の愛称とファンの思い
イラン代表の愛称は「チーム・メッリ」(国民のチーム)であり、国民の結束の象徴とされてきた。しかし、政治的な分断が深まる中、その意味合いも変容しつつある。ゴトビ氏は「サッカーは人々を結びつける力を持っていますが、政治がその力を歪めてしまうことがある。イランの人々が再び平和な日常を取り戻し、スポーツを純粋に楽しめる日が来ることを願っています」と結んだ。
W杯は今後も続くが、政治の影が完全に消えることはないだろう。それでも、ゴトビ氏のような声が、スポーツと政治の健全な関係を模索するきっかけとなるかもしれない。



