2001年の米同時テロから25年となった11日、犠牲になった高橋啓一郎さん(当時53歳)の妻・治美さん(76)が、ニューヨークで開かれた追悼コンサートに初めて参加した。世界各地で紛争が絶えない中、平和への願いを歌に込めた。
夫を失った妻、初めての追悼コンサート
11日、米ニューヨークの礼拝堂で、高橋治美さんが初めて参加した米同時テロ犠牲者の追悼コンサートが開かれた。「神々が泣いている 女神たちも皆嘆き悲しんでいる」――。マンハッタンの礼拝堂に詩人シラーの「哀悼歌」が響いた。治美さんは地元合唱団の仲間とともに歌声を合わせた。
啓一郎さんは金融会社「ユーロ・ブローカーズ」の副社長だった。治美さんは世界貿易センターに飛行機が突入したことをテレビで知り、職場に電話した。音は鳴るが、誰も出ない。2機目の飛行機が職場があった南棟84階を含む77~85階に衝突。ビルは崩落した。
遺体と対面できず、誕生日にケーキを焼けなくなった日々
駆けつけた長女や長男とともに、現場で遺留品を確認し、ポスターを貼って手がかりを捜した。約2週間後、自宅を訪れた警官から「死亡が確認された」とだけ告げられた。「まだ生きているのでは」とすぐには受け入れられなかった。
自宅近くの教会で告別式を行い、初めて「亡くなった」との実感が湧いた。その日は治美さんの誕生日で、28回目の結婚記念日でもあった。遺体の損傷が激しく、啓一郎さんとは対面できなかったという。
1980年代からニューヨークで暮らす。2人は一緒に晩ご飯を食べ、自宅の庭の落ち葉を集めた。4月の啓一郎さんの誕生日には毎年、イチゴを買って好物のショートケーキを焼き、ろうそくを立てて祝った。
啓一郎さんがいなくなり、誕生日にケーキは焼かなくなった。代わりに毎年、啓一郎さんが2番目に好きだったミルフィーユを買って供えている。「私が悲しい思いをしているのが好きな人ではない。ずっとハッピーにしていてほしいはず」と言い聞かせる。
89歳の父、最後の追悼式典に出席
2001年の米同時テロで長男を失った東京都目黒区の住山一貞さん(89)が11日、遺影を携え、米ニューヨークの世界貿易センター跡地で開かれた追悼式典に参加した。これまで15回以上訪問してきたが、高齢のため今年で最後にするつもりだ。
「ようやく来られた」。両手につえを握って式典会場に現れた住山さんは、穏やかな笑顔を見せた。
旧富士銀行(現みずほ銀行)の行員だった長男杉山陽一さん(当時34歳)は、世界貿易センター(WTC)で勤務中、テロに巻き込まれて亡くなった。住山さんは「息子は今もニューヨークにいるような気がする」と式典に通い続けた。
2021年には、テロを検証した米独立調査委員会報告書の翻訳書を出版。現地で12日から始まる特別展では、翻訳で使った電子辞書などが展示される。帰国する15日には、陽一さんに「さよなら、しっかりやれよ」と伝えるつもりだ。



