日本ではGLP-1受容体作動薬(いわゆる「やせ薬」)が批判の的となっている。その背景には、メディアの偏向報道や専門医の縄張り意識、そして保険適用の厳格な制限がある。医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏が、その根本的な問題を明かす。
米国では財政負担が議論の中心
この問題は日本に限ったものではない。アメリカでもGLP-1薬の急速な普及により、医療財政への影響が重要な政策課題となっている。米医療政策研究機関KFF(旧カイザー・ファミリー財団)によれば、2024年のメディケイドにおけるGLP-1薬関連支出は約86億ドル(約1兆4000億円)に達し、2019年から約9倍に増加した。
シカゴ大学の研究者らは、メディケアが肥満症に対する保険適用を拡大した場合、今後10年間のGLP-1薬の薬剤費は約660億ドル(約10兆7000億円)に上ると試算している。トランプ米大統領はGLP-1薬の高額薬価を「アメリカ国民への不当な負担」と批判し、販売元のイーライ・リリーとノボ・ノルディスクに価格引き下げを要求している。
日本では安全性ばかり強調
日本では、同様の議論が正面から行われることは少ない。膵炎のリスクなど、適切とはいえない情報を根拠に「安全性」や「適正使用」ばかりが強調されるため、GLP-1薬について「正しい」コンセンサスを形成することが難しい。その結果、GLP-1薬の保険適用は高度で難治性の肥満患者に限定され、多くの肥満患者が治療の恩恵を受けられない状況が続いている。これは患者にとって不幸でしかない。
専門医の縄張り意識が問題
上氏が最も問題視するのは、専門医の姿勢だ。これまで糖尿病治療、特にインスリン注射は専門医の独壇場だった。インスリンはしばしば低血糖発作を起こし、重症化や死亡に至ることもある。上氏もインスリン治療が必要な患者は基本的に糖尿病専門医に紹介していた。
しかし、GLP-1薬は低血糖をほとんど起こさず、血糖値を大幅に改善させる。これなら専門医でない一般の医師でも処方できる。GLP-1薬の普及は、専門医から患者を奪う脅威となり得る。糖尿病治療を専門とする知人の大学教授は「最近、外来患者が減りつつある」と嘆く。彼ら糖尿病専門医がことさら副作用を強調し、GLP-1薬の処方権を大病院の専門医に限定するよう働きかける背景には、こうした「権益の保護」があるように思えてならない。
実質的な「治療拒否」状態に
現在の日本の状況は、多くの肥満患者が適切な治療を受けられない、実質的な「治療拒否」状態にある。上氏は、メディアと専門医の姿勢が是正されなければ、患者の不利益は今後も続くと警鐘を鳴らす。



